展示品を眺める来館者

滋賀大学経済学部附属史料館は2021年度企画展「近江から見る流行病(はやりやまい)と近江の薬」を開いている。11月6日午後1時からオンラインでの関連講演会もある。
新型コロナ禍にある現代だが、過去の人々も幕末から明治時代にかけては麻疹(はしか)やコレラなどの流行病と向き合っていた。
滋賀大学経済学部附属史料館は近江商人が残した日記や書状を含む種々の史料を所蔵。その中で流行病の感染拡大の状況や病への恐れのほか、その対処法を示した記録もある。そして病の治療には江戸時代から薬が用いられ、「売薬」という調合薬の製造と販売が盛んだった近江では彦根・鳥居本の赤玉神教丸や日野の萬病感應丸などが生み出された。 企画展では、滋賀大学経済学部附属史料館が所蔵する近江商人の古文書のうち、訪問先の地域や近江国内で見聞き、体験した状況を書き残した日記や書状、近世から近代にかけての売薬業の史料や宣伝用の絵ビラ、実物など22点を展示している。
そのうち文久2年(1862年)の「水野宇兵衛書状」ではその年の8月に江戸で麻疹に加え、コロリ症(コレラ)が流行し、死者が多過ぎて棺を納めて担ぐ道具の生産が間に合わない様子を記している。
明治12年(1879年)の高宮町の商家・馬場家文書「コレラ流行予防薬施与につき褒状」はコレラ流行の際、戸長や村会議員などを歴任した8代・庄蔵が分家の馬場新三と共に、消毒用の石灰酸や硫酸鉄合剤水を1週間にわたって寄付し、そのことで滋賀県から褒賞されたもの。
明治14年の「岡本友七書簡」は有川家の大阪支店に勤務していた岡本友七が、同年10月に赤玉神教丸でコレラが全快した人が大阪で現れたことが新聞に載るため、宣伝用の印刷物にコレラの予防効果を書くよう有川家に進言していることが記されている。
「さまざまな売薬」コーナーでは昔の赤玉神教丸や、近江製剤(甲賀市)が各家庭に配布した置き薬セット、近江日野製薬の昭和17年(1942年)以降の萬病感應丸の袋なども並べている。

オンライン講演会

開館日時は11月12日までの午前9時半~午後4時半。土日祝日休館。予約優先。「幕末・維新期のコレラ流行と地域社会」をテーマにした関連の講演会が11月6日午後1時~ライブ配信である。講師は東北芸術工科大学の竹原万雄准教授。お問い合わせは滋賀大学経済学部附属史料館のウェブページまたは、☎ 0749-27-1046まで。