はじめに
「人的資本経営」という言葉を見たり聞いたりされる機会が増えてきていると思います。近年は、労働人口の減少や働き方改革の影響などにより、どの産業分野においても人材不足が大きな問題となっており、優秀な人材を確保することは企業の持続的発展に欠かせない資源であるため、この人的資本という概念が注目されるようになりました。今回は中小企業にとっても重要な人的資本経営について解説します。
人的資本経営とは
企業活動における経営資源は、「人」、「物」、「金」と大別されますが、経営資源の乏しい中小企業にとって「人」は特に重視されます。経営の神様と言われた松下幸之助氏は「企業は人なり」との格言を残されていることは良く知られており、古くから人を大切にする経営は行われてきました。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。企業は従業員の能力開発を行い、また、適切な人事施策により従業員の能力やモチベーションを高める取り組みを実施することが重要であるとしています。
人的資本経営を行うことで、従業員の生産性や満足度が向上し、組織全体のパフォーマンスや競争力が向上することが期待されます。また、長期的な視野で組織の持続可能性を高めることにも貢献します。
人的資本経営の取り組み
経営戦略の実現には、必要な人材の質と量を充足させ、中長期的に維持することが必要となります。このためには、現時点の人材やスキルを前提とするのではなく、経営戦略の実現という将来的な目標からバックキャストする形で、必要となる人材の要件を定義し、人材の採用・配置・育成を戦略的に進める必要があります。中小企業が人的資本経営に取り組む方法は、以下のような手順や方針に従うことが効果的です。
- 従業員の教育・研修の充実:従業員のスキルや能力を向上させることは、人的資本経営の基本です。継続的なトレーニングプログラムやキャリア開発プランを導入し、従業員が業務上のスキルや知識を習得・向上できる環境を整えましょう。
- 働きやすい環境の整備:人的資本を最大限に活用するためには、時代や状況に応じて柔軟な働き方を採用することが重要です。労働環境の改善や柔軟な勤務体制の導入、ワークライフバランスの促進など、従業員が働きやすい環境を整備しましょう。
- コミュニケーションの促進:従業員とのコミュニケーションを積極的に行うことで、従業員のモチベーションや意欲を高めることができます。定期的な面談やフィードバック制度の導入、意見交換の場を設けることで、従業員の参加意欲や主体性を引き出しましょう。
- 報酬・福利厚生の改善:適切な報酬体系や福利厚生制度を整備することで、従業員のモチベーションを向上させることができます。公平な評価と報酬の提供、働きがいのある環境の提供などを心掛けましょう。
- リーダーシップの強化:中小企業では経営者の役割が大きいため、経営者自身が人的資本経営に積極的に関与し、リーダーシップを発揮することが求められます。従業員の指導・育成やチームビルディングを行い、組織全体の成長を促進しましょう。
- 目標設定と評価の明確化:従業員が目標を持ち、それを達成するための具体的な手段を知っていることが重要です。目標設定と評価制度を明確化し、従業員が自身の役割や責任を理解しやすい環境を整えましょう。
- 企業文化の醸成:企業文化は組織の中での価値観や行動規範を表します。従業員が共感し、自らの行動に反映させることができるようなポジティブで健全な企業文化を築くことが重要です。
これらの方法を組み合わせて、中小企業が人的資本経営に取り組むことで、従業員のモチベーションや生産性の向上、組織の成長や競争力の強化が期待できます。また人的資本経営の取り組み・施策を情報開示することで、企業イメージの向上に繋がり新たな採用も期待できます。
なお経済産業省は、2020年9月に「人材版伊藤レポート」を公開し、人的資本経営を実現するための3つの視点と、具体的な取り組みについて5つの共通要素を提示しています。また2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0」が公開され、「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みに基づいて、それぞれの視点や共通要素を人的資本経営で具体化させようとする際に、実行に移すべき取り組み、及びその取り組みを進める上でのポイントや有効となる工夫が示されています。今後人的資本経営に取り組まれる場合は参考にしてください。
人的資本経営の事例
実際に人的資本経営を実践している中小企業の事例を紹介します。(出所:中小企業庁編「中小企業白書2022年度版」を参考に再編集して作成)
株式会社ワン・ステップ
オンライン研修を活用するなど、従業員に積極的に学びの機会を提供し、感染症流行の影響を受けながらも急回復している中小企業
- 所在地
- 宮崎県宮崎市
- 従業員数
- 26名
- 資本金
- 1,000万円
- 事業内容
- その他の各種物品賃貸業
- 宮崎県宮崎市の株式会社ワン・ステップは、ビニール製のエアー遊具を中心にイベント事業、工作キットなどの企画開発・販売を手掛ける。社長自身が商工会議所等での学びを通じその重要性に気付き、10年ほど前から従業員にも意識的に学びの機会を与えている。
- 同社は年間500万~600万円程度の費用を研修にかけており、全従業員に少なくとも年1回以上の社外研修の機会を提供している。コロナ禍では中小企業大学校のオンライン研修「WEBee Campus」も活用している。
- また、毎月40分程度の独自の社内研修の実施も欠かさない。社内研修では、仕事に関する書籍を各自が読み、参加者でディスカッションすることで、知識の定着とコミュニケーション能力の向上を促している。
- 2020年1月頃はコロナ禍の影響で売上が9割減となったが、学ぶことが組織風土として定着した結果、若手従業員が中心となって展開した新規事業が1億円以上の売上を達成し、コロナ禍以前の実績まであと一歩のところまで回復した。
株式会社三義漆器店
従業員と共に働きやすい職場環境を実現することで感染症下においても5期連続の増収増益を達成している中小企業
- 所在地
- 福島県会津若松市
- 従業員数
- 75名
- 資本金
- 1,000万円
- 事業内容
- 漆器製造業
- 福島県会津若松市の株式会社三義漆器店は、会津漆器製品を一貫生産する企業であり、曽根佳弘社長は経営者仲間の影響を受けて経営指針書を作成し、従業員の成長と共に会社の成長を目指すことを決意した。
- 2017年頃から、従業員の自発的な取り組みを促すために社内委員会を組織化し、「ハウスルール」や社内研修「SanYoshi塾」を通じて従業員の能力開発を推進している。また、従業員の意見を取り入れた制度改善も行い、従業員とのコミュニケーションを重視している。
- これにより、従業員が自発的に改善に取り組む環境が生まれ、5期連続の増収増益を達成。売上高と従業員数は10年前と比較して倍増し、企業の成長に従業員の共感が大きく貢献している。
曽根社長は「今後も従業員と双方向のコミュニケーションを大事にしながら、全員で働きやすい職場を作っていく。」と語っている。
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