「20世紀が石油をめぐる戦争ならば、21世紀は水をめぐる戦争の時代になるだろう」。1995年に世界銀行副総裁であったイスマイル・セラゲルディン氏は、未来をそう予言した。その言葉の通り、2050年には世界人口の40%以上、39億人が深刻な水不足の被害にあうとも試算されている。
限られた水資源をいかに使うか、そしてその再配分を行う水ビジネスは、SDGsの視点から見ても、リサイクルを含めた地球環境保護の観点からも大きな意義を持つ。
今後も世界的な人口急増や、経済の発展に伴って自ずと水の需要が増す中で、環境規制が厳しくない場所においては排水処理が十分にされず、水源地の汚染も深刻化している現実がある。 国連の統計では、安全な水にアクセスできない人口は世界の人口の6分の1、11億人程度で、その約7割がアジア地域に集中している。
水に恵まれ、インフラ整備が進んでいる日本ではピンとこないかもしれないが、食料の約6割を輸入に頼る我が国も、決して他人事ではない。輸入商品を生産するには生産国において大量の水(バーチャルウォーター)が必要となるからだ。日本は世界有数のバーチャルウォーター輸入国として様々な国の水資源に頼っている事実があり、潜在的な水リスクにさらされていることになる。ビジネスの観点から見ると、市場規模は拡大傾向にあり、経産省の試算では、その市場規模は2019年の時点で71兆8691億円、2030年には110兆円を超えるとしている。
水にまつわる事業には「水源開発」「工業用水供給」「水の再利用」「上水道供給」「下水道処理」「海水の淡水化」等、様々なものがある。日本は、まだまだ世界シェアこそ低いものの、高水準な技術力で各国から熱い視線を集めている。例えば海水の真水化に使用されている逆浸透膜、高圧ポンプの約6割が日本製と水処理機器のシェア率は高く、水の濁りを取り除く処理技術も日本企業が得意としている分野だ。
他国に比べると、それらをまとめて総合的なソリューションに仕立てることに慣れていない課題がある。しかし、官民連携やグローバル・パートナーシップによる販路拡大、海外での上下水道事業への運営参画などを通じて、日本企業の海外受注はまだまだ伸びしろがある。
国は世界の水ビジネス市場での案件獲得を目指し、政策対話や技術開発・実証、官民連携の推進など、様々な取り組みを進めてきた。また、滋賀県は琵琶湖という大きな閉鎖性水域の水環境保全に取り組みつつ経済発展を遂げてきた地域で、極めて高い下水道高度処理の普及率を誇る。
そして水環境関連の産業・研究機関の集積、これまでの琵琶湖保全の取り組みを活かした水環境ビジネスの展開を図るため産学官金による「しが水環境ビジネス推進フォーラム」を設立している。
本フォーラムに参画し、実際に水ビジネス分野で海外へ展開している事業所事例を紹介し、持続可能な水ビジネスの未来をひも解いていく。
Case Study:
大洋産業株式会社 Company Profile
彦根市芹川町にある大洋産業は、30年以上にわたる経験・ノウハウの蓄積により、顧客のニーズに合わせてオーダーメイドでシステムの設計・製造・運用をしている。設計から製作、現地工事、調整まで設計から導入、保守まで社内で一貫したものづくりが出来ることが強みで、海外展開については県内でも先駆けて進出し、現在も水ビジネスにまつわる様々な取り組みを行っている。
小田柿喜暢社長インタビュー
「元々当社はバルブの製造を行っておりましたが、約40年前に撤退し、工場内の配管や水処理設備の開発へとシフトしました。その流れで大手食品、繊維メーカー等の工場内設備の施工や、水処理設備の開発に関わるようになりました。現在では、プラント配管、機械加工・組み立て、水環境設備と3つが主力事業になっています」
⸺海外市場に目を向けた経緯について
「当社は完全オーダーメイドの製品を提供する企業です。国内市場の縮小が進む中、やがて仕事がなくなるのでは、という危機感がありました。そして今ある技術やノウハウを海外でなら活かせるのではないかと考え、2011年頃から東南アジア市場への調査を開始しました。視察先で感じた現地の課題(ニーズ)は第一に飲み水の確保で、未だ東南アジアの多くの国では水道水が飲用に適さず、工場でも浄化処理が必要です。そのため当社の技術が活かせると確信しました。そこから海外の市場調査やセミナー参加、相談などで色々とお世話になっていたジェトロ(日本貿易振興機構)のベトナム、ハノイのレンタルオフィスからスタートし、現地調査を進めた後2013年に現地の会社を設立し今に至ります」
⸺海外での事業展開では、どのような壁がありましたか
「最初は今ほど現地とのパイプや支援策も整っておらず、現地に会社もない。まずは信用や繋がりを作るためジェトロ主催の展示会や企業訪問など、沢山の場所へ足を運びました。やがて協力会社が見つかったり、現地企業や日系企業から徐々に仕事がもらえるようになりました。そこからの課題としては、コスト競争や、文化・言語・法規制の違いです。現地企業は仕入れ、製造を現地で行うのに対し、外資企業の我々は、必然的にコストは高くなります。そして、同じ海外企業である中国や韓国企業などとの価格競争が激しい現状もあります。また、国によって環境規制や許認可制度が異なるため適応する必要がありました。現在の海外部門の売り上げは正直なところ、海外事業単体で見ると決してうまくいっているわけではありません」
⸺それでも続ける理由は
「SDGsにあるような社会課題の解決に少しでも力になれたら、という思いは大前提にあります。また、海外展開は単に利益を追求するだけでなく、当社のブランド戦略としても重要です。当社は大手企業と違い、30名ほどの従業員で全てを担っています。しかも、案件ごとのオーダーメイドな仕事のため売り込む力が弱いと感じていました。それに対し海外を展開することが、営業を雇う、広告を出すといった販促費だと捉えればメリットのほうが大きい。海外の活動や実績が評価されることで、中小企業でありながら、国内外の中小から大手まで様々な企業から信頼やつながりを得ることができ、仕事の受注数が上がっているからです」
⸺今後の展開について
「現在、微生物を活用した排水処理技術の研究を立命館大学と共同で進めており、東南アジア市場に展開する計画をしています。また、ジェトロや近畿経済産業局、しが水環境ビジネス推進フォーラムでも補助金の活用や紹介を通じて研究機関や行政などとも、繋がりの幅が広がっていますし、今後も連携を強化していきたいと考えています」
ジェトロ滋賀 岩上勝一所長
「ジェトロでは、国内53拠点、海外56か国76事務所、合計120以上のネットワークを活用し、海外ビジネスの拡大を通じて活性化を狙う日本企業や地域をサポートしています。滋賀県には、日本最大の湖、琵琶湖の水環境を改善してきた水環境関連企業が集積しており、ジェトロ滋賀では、オンラインと対面の手法でアジア企業とのビジネスマッチングを提供し、日本の先進的な製品・技術の海外展開をサポートしています。この取り組みは事務所が設置された2017年からジェトロ滋賀のメイン事業として、滋賀県との連携の下で継続しています。この事業の一環で2024年11月にベトナム・ホーチミンにて現地企業との商談会を開催し、大洋産業を含む滋賀県企業5社に参加いただきました。経済発展著しいアジアなどの開発途上国では水環境の改善が社会課題の一つと位置付けられています。ジェトロ滋賀では引き続き水環境分野での海外ビジネスの可能性に注目し、滋賀県企業のサポートを続けて参る予定です」
日本の企業は国際的な水ビジネスに活かせる技術とノウハウをすでに持っている。次の段階としてそれを世界へいかに発信するかが重要だ。今回の事例のように、自社のマーケティング力として磨き、総合的にプロデュースを進めることでさらなる飛躍が見込めるだろう。