油藤商事株式会社 4代目の青山裕史さん

油屋の藤八から130年

明治28年(1895)、初代・青山藤八は15歳で大八車を引いてカンテラ油(灯油)の行商。屋号は「油屋の藤八」、油藤商事の始まりである。近江商人の血を引くその商いは、以来130年、燃料とともに生き続けている。
4代目として代表取締役を務める青山裕史さん(55歳)は、「ガソリンスタンド(GS)はまちのエコロジーステーション」を掲げ、地域循環型社会の実現に本気で挑むニュータイプの近江商人だ。GSを燃料のインフラ拠点と捉え、各家庭の資源ゴミ分別回収を担う。てんぷら油などの廃食油を原料とする「バイオディーゼル燃料(BDF)」の製造・販売には2002年から取り組み、廃食油をGSで回収して「地域でつくる地域エネルギー」を実現する。油藤商事のGSに設置されたBDF給油機(写真)は、全国初のものである。

エネルギーにストーリーを持たせる

青山さんがBDFで提案するのは、単なる「環境に優しい燃料」ではない。「エネルギーにストーリーを持たせる」こと、だという。企業へのBDF導入を提案するとき、「工場の食堂から出る廃食油だけでなく、従業員の家庭から、出入り業者から、地域全体を巻き込んで廃食油を集めてください。自分たちが使うエネルギーの種を、自分たちで集めるところから始めてほしい」と伝えるそうだ。廃棄物から地域のエネルギーを生み出す、この循環のストーリーこそがBDFの本質だ。
しかし、BDFへの取り組みを「環境への配慮」と受け止めていた時代は、もう終わりつつある。
ロシアのウクライナ侵攻以降、化石燃料依存のリスクが改めて顕在化した。原油の9割以上を輸入に依存する日本にとって、エネルギー安全保障は産業競争力に直結する問題となっている。廃食油から地域で燃料をつくるBDFの意味は、根本から変わった。環境問題から、安全保障の問題へ。油藤商事が2002年から続けてきたことに、世界がようやく追いついた。

必要とされる場所へ

2011年の東日本大震災のとき、青山さんは自らタンクローリーを運転し、被災地へいち早く燃料を届けた。必要とされる場所があれば何処へでも今も燃料を届けるために動く。 現在、油藤商事は石油備蓄タンクと数十台のタンクローリーを保有し、企業のBCP(事業継続計画)支援として緊急時の燃料配送協定の締結も行っている。東日本大震災・熊本大地震での実績を持つ有事の燃料供給は、130年変わらぬ「必要とされる場所に油を届ける」という仕事の延長線上にある。
「青山さんは何屋さんですか?」と聞くと、迷わず「油屋です」との答えが返ってくる。10年後、目指すのは「ガソリンを売らないガソリンスタンド」。BDF・再生可能エネルギーを含む「エネルギー屋」として地域に根を張り続けること。
大八車から130年。
油藤商事はいつも、時代の少し先を照らしている。

地球の歩き方BOOKS『日本の凄い神木』

講演活動などで全国を飛び回る青山さんのもうひとつの顔は「神木写真家」。インスタグラム(@hiroshi_aoyama)に毎日1本の神木を投稿し続け、2024年12月現在2178本。出版も視野に入れている。
本書の写真40%は青山さんが撮影したものである。

発行:地球の歩き方/判型A5/256頁
ISBN978-4-05-801833-0