始まりの物語
「店ができたのは50年前。カウンターに立つようになって44年ほどになります」。穏やかな独特のトーンで語るのは、マスターの藤居信義さんだ。学生時代、名鉄レストランでのアルバイトを通して、接客の楽しさとやり甲斐を経験した。卒業後は滋賀トヨペットに就職し、営業職に就いた。直接お客さまと接する現場である。
転機が訪れたのは20代半ばの頃だった。当時、兄の義一さんは勤め先の野村珈琲株式会社(長浜市)の社長から、のれん分けを受けていた。「店をやってみないか。任せたい」。そう声をかけられ、兄嫁とともにカウンターに立つことになった。以来、義一さんに珈琲の淹れ方から経営のいろはまで叩き込まれた。現在、平田町の老舗「カフェ・グレコ」のマスターが兄の義一さんだ。
以来、珈琲を淹れながら、人と人が交差する〝ひととき〟に立ち会ってきた。コロナ禍で客足が遠のき、店が苦しい局面に立たされたときも、支えになったのは兄の存在だった。「兄夫婦には感謝しかない」。信義さんは、そう半世紀を振り返る。
変わらないという価値
毎日、同じ場所に立ち続けているけれど「店に来るのが嫌やなぁ、と思ったことは一度もないです」と信義さんは笑う。カウンター越しのやりとりが、いまも一番の喜びなのだ。
「お客様も歳をとるし、私も歳をとる。一緒に歳を重ねていくんです」。長年の常連客だけではない。青春を彦根で過ごした滋賀大生がふらりと帰って来たり、評判を聞いて県外から訪れる人も多い。
店の魅力は、創業当時から変わらない流儀にある。珈琲は、注文を受けてから豆を挽き、サイフォンで一杯ずつ淹れる。フラスコの中で湯がコポコポと立ち上がり、ロートで抽出され、珈琲が落ちていく。この「待つ」という時間が、いまでは贅沢になった。
「必ず焼きたてを提供しています」というワッフルは、サクサクと香ばしいブリュッセルワッフル。創業時から使い続けるドイツ製のワッフル板が、その味を支えている。
「店をどうしていきたいですか」。そう尋ねると、返ってきた答えは驚くほどシンプルだった。「今、このままでいいんです」。その言葉には、自分の手で全うするという覚悟が滲んでいた。後継者はいない。だからこそ、目の前の時間を大事にする。
半世紀、この店は同じように呼吸し、現代が置き忘れてきた「変わらない豊かさ」がある。
今日もカウンターには何事にも手を抜かないマスターが立っている。