日本は現在人口減少や地域間競争の激化などの課題に直面している。そのなかで行政と経済界がどのように連携し、彦根の新たな活力を生み出していくのか。2026年の新春を迎え、沼尾護会頭が2期目方針として掲げる「健康経営」や「世界遺産登録」、そして「今後のまちづくり」について、田島一成彦根市長との対談記録をお伝えする。
沼尾会頭インタビュー「変化の時代を乗り越える 全事業者の道標となるために」
沼尾護会頭
新年、おめでとうございます。
早々ではありますが、少し厳しい現実の話から始めさせてください。昨年の統計で、彦根市の人口が県内3位から5位となりました。(表1)東近江市や長浜市に抜かれた形となり、経済界としても非常に残念に思っています。人口減少は日本全体の課題ではありますが、「彦根の人口をどう維持し、増やしていくか」は我々にとって待ったなしのテーマです。そこで私が商工会議所として、そして一経営者として提案したいのが「健康経営」です。
経済産業省では「健康経営」を日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけています。一見、厚生労働省の管轄にも思える「健康経営」について経産省が強力に推進しているというのは、それが日本経済全体の持続的な成長に不可欠な「投資」であると位置づけているからにほかなりません。
企業が従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」。これを彦根のスタンダードにしたいと考えています。
人口減少を乗り越える鍵は「健康経営」にあり
田島一成市長
明けましておめでとうございます。
沼尾会頭が懸念されていますように、人口の順位については、私も市長として非常に重く受け止めています。「健康経営」という切り口は、まさにこれからの彦根に必要な視点です。会頭も『不易流行』11月号の誌面で述べられているとおり、滋賀県は長寿県と言われますが、実は「平均寿命」と、元気に自立して生活できる「健康寿命」の間には約10年もの開きがあります。世界的に見ても日本は長寿国ですが、健康寿命との差を埋めることができれば、高齢になっても元気に働き、社会参加できる方が増えます。それは結果として、労働力不足の解消や、社会保障費の抑制にもつながるはずです。
会頭:企業において従業員が心身ともに健康であれば、長く働き続けることができ、生産性も向上します。そうした企業は「人を大切にするホワイトな企業」として評価され、採用活動においても強力なアピールポイントになります。「健康経営」に取り組むことが、企業の存続と成長、ひいては彦根の経済活性化に直結するのです。彦根市全体として、こうした「健康都市」を目指す動きを後押ししていただけないでしょうか。
市長:もちろんです。市役所でも、毎週金曜日を「ハッピーフライデー」として早めの退庁を促したり、職員のワークライフバランスの改善に取り組んだりしています。
また昨年、高市早苗首相もワークライフバランスの重要性を説いておられましたが、仕事と余暇の充実こそが、働く意欲の源泉になります。市としても、商工会議所と連携して「健康のまち・彦根」を発信していきたいですね。「彦根の企業で働けば健康になれる」「彦根に住めば健やかに暮らせる」。そうしたブランドを確立することが、移住定住の促進にもつながると確信しています。
「住みよいまち」としてのブランド力を再定義する
市長:他にも気になるデータがあります。ある民間調査による滋賀県内の「街の住みここち(自治体)ランキング」で、彦根市が7位という結果が出ているんです。どこに問題があるのか、『原因』を突き止めて、一つひとつ改めていかなければなりません。改善できるところは改善し、もっと素晴らしい未来を市民の皆さんと一緒に作っていく『必要』があると感じています。
「大学もあり、国宝の城もあり、医療機関も充実している。ポテンシャルは高いはずなのに、なぜ「住みここち」の評価が低いのか。これは、我々の発信力不足や、市民の皆様が実感できるような魅力づくりがまだ足りていないことの表れだと捉えています。
会頭:私もそのランキングを見ましたが、驚きましたね。かつて県下第2の都市と言われた時代を知る世代からすると、隔世の感があります。ただ、住みよさというのは数値だけでなく、「誇り」や「愛着」といった情緒的な部分も大きいと思います。
彦根には、世界遺産を目指す彦根城の普遍的価値としても挙げられている『井伊家の「大名統治」』の歴史が色濃く残っています。これは他市にはない圧倒的な独自性です。城だけでなく大名庭園や城下町のシステムがこれほど綺麗に残っている例はありません。「特別なまちに住んでいる」というシビックプライドを醸成し、その独自性を「彦根ならではの豊かさ」として再定義し、発信していく必要があると思います。
市長:おっしゃる通りです。合併が進み、自治体の規模や形が変わる中で、彦根が埋没してはいけません。大学や企業、そして市民の皆様との対話を通じて、「住むなら彦根」と思っていただけるような魅力づくりに努めていきます。特に、ハード面の整備だけでなく、ソフト面での「彦根らしさ」をどう伝えていくか、経済界のお知恵も拝借したいところです。
世界遺産登録は「ゴール」ではなく「スタート」
市長:彦根の魅力を世界に発信する最大のチャンス「彦根城の世界遺産登録」が、いよいよ正念場を迎えています。今年3月までには推薦書案を取りまとめ、国の推薦を勝ち取るべく、地元の国会議員の先生方による議員連盟の設立など、国政への働きかけも強化していきます。文化庁とも連携を密にし、オール彦根、オール滋賀で悲願達成に向けて邁進する覚悟です。
会頭:商工会議所としても、世界遺産登録は全力で応援しています。ただ、あえて経済人の立場から苦言を呈するならば、登録に向けた「受け入れ態勢」の準備がまだまだ不足しているように感じます。
世界遺産登録は、文化財保護の側面はもちろんですが、我々にとっては「観光」という巨大な産業振興の起爆剤です。彦根城が世界遺産に登録されれば、国内外から多くのお客様が押し寄せます。しかし、今の彦根にそれを受け止めるだけの宿泊施設、道路網、駐車場、そして「おもてなし」のインフラは整っているでしょうか?登録されてから慌てるのではなく、今のうちから予算をしっかりと配分し、ハード・ソフト両面での基盤整備を進めなくてはなりません。
市長:登録が決まってから「さあどうしよう」では間に合いません。インバウンド需要を見越したとき、現状のインフラではキャパシティオーバーになる懸念は私も持っています。特に交通渋滞の問題は深刻です。これについては、国道8号バイパスの建設促進など、国や県と連携して抜本的な対策を進めています。また、城周辺だけでなく、市街地全体への人の流れをつくる体制整備も必要です。民間の投資を呼び込むための環境整備も、スピード感を持って進めます。
会頭:「観光」は裾野の広い産業です。宿泊、飲食、物販、交通、建設と、あらゆる業種に波及効果があります。
かつて彦根市は工場誘致で発展してきましたが、今は世界遺産という強力なコンテンツを生かした「観光立市」へと舵を切るべき時です。そのためには、行政がリーダーシップを取り、「稼げる観光」を実現するための投資を惜しんではいけません。将来への「投資」です。世界遺産登録を機に、民間の投資意欲も高まってくるはずです。ホテル誘致なども含め、官民が一体となって「お客様を迎え入れる準備」を加速させましょう。
もう一つ、私が以前から申し上げているのが「びわ湖」の活用です。彦根は城下町であると同時に、港町でもあります。しかし、現状では彦根港と竹生島を結ぶ航路があるだけで、びわ湖のポテンシャルを十分に生かしきれていません。私は「湖上交通」の復活を強く提唱したい。例えば、長浜、彦根、近江八幡、高島、そして大津。これらの湖岸の都市を船で結ぶような広域的な観光ルートを作るのです。陸路だと渋滞に巻き込まれますが、湖上ならスムーズで、何より景色が素晴らしい。「びわ湖を通って古城を巡る」というのは、世界的に見ても非常に魅力的なコンテンツになるはずです。
市長:それは私も同感です。先日の西国三十三所巡礼で竹生島に行きましたが、船から見る彦根や長浜の景色は格別でした。海のない県に住む人にとって、湖上からの眺めは特別な体験です。今後、滋賀県が彦根市内で自動運転バスの実証実験を行っていく予定です。こうした次世代モビリティと湖上交通を組み合わせることで、新たな観光の動線が生まれると考えています。
また、世界遺産という文脈で言えば、彦根城単体ではなく、比叡山延暦寺など県内の他の遺産や、京都・大阪からの動線も含めた広域連携が不可欠です。万博で登場した「空飛ぶクルマ」のような新技術の活用も含め、夢のある構想を描いていきたいですね。
会頭:そうですね。点ではなく線で、さらには面で観光を捉える。DMO(観光地域づくり法人)の役割も今後ますます重要になります。彦根だけでなく、滋賀県全体、あるいは関西全体の中で彦根がどういう役割を果たすのか。広い視野を持った戦略が求められます。
官民連携で拓く彦根の未来
会頭:今の時代、行政だけでできることには限界がありますし、民間だけで解決できない課題も山積しています。だからこそ、行政と経済界が車の両輪となって、同じ方向を向いて進んでいくことが何より重要です。商工会議所としては、会員事業所の声をしっかりと吸い上げ、行政に対して建設的な提言を続けていきます。田島市長には、ぜひその声を受け止め、スピード感を持って施策に反映していただきたい。
市長:何より重要なのは、交流人口・関係人口・定住人口という三つの「人の流れ」を戦略的に育てていくことです。訪れる人、関わる人、そして住む人。この三つは別々のものではなく、魅力あるまちが生まれれば、必ず好循環となって互いを押し上げていきます。
彦根城の世界遺産登録に向けた取り組みは、その好循環をつくる最大のチャンスだと考えています。登録が実現すれば、国内外から多くの方々が訪れ、彦根を「知り・関わり・好きになる」機会が飛躍的に増えます。その交流は、やがて関係人口を育て、新しい価値をもたらし、最終的には「ここで暮らしたい」という定住人口の増加にもつながるはずです。
もちろん、そのためには受け皿となるまちの環境整備も欠かせません。交通や宿泊などのインフラ整備、文化・歴史を案内する仕掛けづくり(案内体制の整備)、そして市民の皆さんが誇りを持てる「彦根らしさ」を磨き上げる必要があります。これらを官民が一体となって進めることで、はじめて『選ばれるまち』としての未来像が形になります。
私は、人口が減少し、地域間競争が激しくなる時代であっても、彦根の持つ潜在力を信じています。歴史、文化、学び、自然、そして人の温かさ。それらを生かしながら、交流と定住の循環を生み出し、次の世代が胸を張って「彦根で育った」と言えるまちを必ず実現していきます。
これからも行政と経済界、そして市民の皆様との連携をより強め、未来の彦根をともにつくり上げていきたいと考えています。
会頭: 現在日本では、各地で地域事業者の疲弊が続いている状態です。彦根も例外ではなく、我々が地域の事業者をいかに支えていくかが、今後のこのまちの未来を左右する鍵となると考えています。
今回の対談では田島市長に我々事業者の現状を知っていただき、より良い未来となるため様々な要望もお伝えすることができました。
2026年は午年です。高市総理の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が昨年の流行語大賞となりましたが、馬に関する言葉には「馬車馬のように働く」という一心にゴールを目指して進むさまをイメージした言葉があります。
この言葉はもと=もと、長時間の無理な労働を表す言葉ではなく、寝食も忘れてことに打ち込む様子を表した言葉です。本来の意味である、馬の走りぬく・力強い・勝利を目指し「跳ねる、駆ける、達成する」。皆様とそんな一年を駆け抜けてまいりたいと思います。