デジタル人材育成に関する背景

変化の激しい現代において、山積する社会課題を解決していくため、業態・業種を問わず最先端のデジタル技術の活用が重要視されている。その担い手である「デジタル人材」の育成や確保が課題となっている。
我が国では他国と比較し、企業側にデジタル人材が少ない上、教育関係機関の情報中核人材不足、中小企業では人材育成そのものが困難な現状にある。この状態が続くと2030年までに「デジタル人材」が45万人程度不足すると見込まれている。これは非常に喫緊の課題であり、2023年の時点で対策を始める必要性が示されている。さらに、地方では育成された人材の都心部への流出も深刻な事態として捉えられている。

彦根商工会議所のこれまでの取り組み事例

彦根商工会議所は2020年に国立大学法人滋賀大学と地方創生に関する包括連携協定を結び、数々の事業に取り組んできた。その中のひとつ、「ジュニアITスクール」(現在は近江テック・アカデミー株式会社へ移管)では、データサイエンス教育プログラムの開発にいち早く着手している。
難解なプログラミング言語の習得を目的とせず、小学生向けオンラインプログラミング学習サービス「QUREO(キュレオ)」を使い、データサイエンス学部の学生が講師として地元の小学生に対し指導する独特な活動が人気を博し、現在までに55人の小学生が受講した。
研究機関である大学と商工会議所が連携し、将来を見据えた人材育成にいち早く着手した事例が、日本商工会議所が発行するビジネス情報誌「月刊 石垣」の2021年11月号に取り上げられた。デジタル人材育成に関する彦根商工会議所への注目度は高い。

デジタル人材育成推進協議会の発足

昨年、文部科学省と経済産業省が連携し、産業界、地方公共団体、大学、高等専門学校の関係者を構成員とする「デジタル人材育成推進協議会」が発足し、現時点で計2回開催された。当協議会は、デジタル人材育成についての現状及び課題について情報共有し、デジタル人材育成機能の強化、デジタル人材ニーズの把握・検討・産業育成の促進を図ることを目的としている。「デジタル人材」育成の現状を産業界の視点で共有するため、日本商工会議所も協議会の構成員となっている。彦根商工会議所の取り組みを鑑み、IT推進研究会の橋本健一委員長が「デジタル人材育成推進協議会」委員に就任した。
本稿は橋本委員長にインタビューを行い、国のトップレベルの会議の内容を会員の皆さまにフィードバックしていく。


橋本健一委員長 プロフィール

1974年9月生まれ。1999年株式会社日立公共システムに入社、企業におけるシステム管理に携わる。2003年株式会社橋本建設に入社、工事部に配属される。2019年代表取締役に就任。建設現場での実務を通じ建設業におけるIoT、IT活用を推進する。
彦根商工会議所では、2016年~2019年監事、2019年~2022年 副会頭を歴任、2019年よりIT推進研究会委員長に就任し、市内の小学生を対象としたIT教育にも携わる。
2022年より日本商工会議所 情報化委員会 副委員長、その下部組織であるデジタル化推進専門委員会の委員も務める。

学校教育の動き

それぞれ分野の異なる有識者が協議会に参加されています。「デジタル人材」育成に関して各現場の視点での現状と課題を共有し、今後を見据えていくというのが狙いだと感じました。
今回の協議会で文部科学省は3002億円の基金を創設したことを明らかにしました。当初はデジタルや脱炭素といった成長分野の人材育成に向け大学の学部再編、とりわけ理系学部の増設への利用を主な目的としていました。一方で教育現場に目を向けてみると、現在の教育では文系・理系を完全に分断しているのが実態であり、このことが日本のデジタル人材の育成が進まない原因の一つであると示唆されました。
滋賀大学の竹村彰通学長ともお話させていただいたのですが、「IT人材」は理系出身の人間のみに限るべきではないと思います。確かに「IT人材」や「デジタル人材」というと理系のイメージが強いですが、文系の滋賀大学にデータサイエンス学部が日本で初めて創設されたことには大きな意義があります。「デジタル人材」の輩出が従来通り理系人材に限定されると、一向に裾野が拡がりません。現在の小学生~大学生には文系・理系を分断せず、まずはITやデジタルに興味を持っていただきたいですね。このような土台や環境づくりを行うことが「デジタル人材」の育成に関する第一歩となるのではないでしょうか。

デジタル化に向けた企業側の取り組み

産学官の連携について

九州では産学官連携の取り組みとして、SONY株式会社、九州大学、九州経済産業局などが連携し2022年3月、「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が設立されました。高等専門学校での出前講座や教員向けの研修会の実施を目的としています。この取り組みは現時点でのベンチマークだと感じました。
彦根市は滋賀大学、滋賀県立大学といった大学や、大手企業もあるので、行政や会議所も一緒になってコンソーシアムを立ち上げて、人材育成に着手するのも面白いと感じています。この活動に関して3002億円の基金の一部を補助していただけるとありがたいですね。

インターンシップについて

「デジタル教育」を受けた学生が実際に社会でその術を活用し、経験する機会として、インターンシップは有効な手段です。また、企業側にとってはZ世代の人材とコミュニケーションをとりながらデジタル化を見据えて接する絶好の機会になると思います。
また、学生の皆さんに、このような取り組みに少しでも参加していただけるような現場づくり、例えば大学の履修の単位、カリキュラムの一つとするなどの対応が進めば、より社会に順応できる「デジタル人材」の育成に拍車がかかると思います。

地方におけるデジタル人材不足

地域で育成された「デジタル人材」が就職を機に都市部へ移住し、地方の「デジタル人材」の不足につながることも懸念されています。
彦根市内には、滋賀大学、滋賀県立大学、聖泉大学、ミシガン州立大学連合日本センターが立地し、在学者数は約6000人にもおよびます。これを人口100人当たりに換算すると、東京都平均とほぼ同じ水準になり、非常に大きなポテンシャルを感じます。先ほどの産学官連携、インターンシップといった横の連携も重要ですが、地域に根差す意味合いをより深めるため、今後は大学生が高校生を教える、高校生が中学生を教えるといった、「縦の連携」もより強めていくべきではないでしょうか。会議所としてはこのような活動の後押しをしっかりと進めていきたいですね。
企業側の対応としては、給与面での優遇措置が「デジタル人材」の地元への定着に関して有効であると考えます。また、採用に関しても個人のデジタルやIT分野に関するスキルや実力をしっかりと評価したうえでの採用が必要です。
このように教育から就職に関し、一貫して「教育の地産地消」を社会全体として取り組むことができれば地方における中小企業のデジタル化は飛躍的に加速するのではないでしょうか。

橋本建設の取り組み

弊社の「デジタル人材」は高度なソフトウェアを使いこなせるかどうかに懸かっていると思います。現在、弊社において最もハイスペックなソフトは「3DCAD」ですが、完全に使いこなせる人材はまだ少人数です。また、計測にドローンを使用しデータを解析しています。現場に立つ人材が、もっと効率化できないか、いい方法はないかなど、日々、試行錯誤しながら、今後も成長していってほしいです。

今後のデジタル化を見据えて

企業・個人が「デジタル化」について前向きな姿勢を持つことで一歩を踏み出すことが大切です。しかしながら、デジタル化は世界的にみれば日本は非常に遅れており、その日本のさらに遅れているのが地方です。かなり加速して取り組んでいく必要性を感じます。
学校教育や産学官連携を通じて育成された「デジタル人材」が彦根市に増え、理想とする「デジタル化」が進んでいくといいですね。


人を育てるデジタルの海

『星の王子さま』の著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは著作集のなかで「船を造りたいのなら、男たちに木材を集めさせたり、仕事を割り振り、命令したりする必要はない。代わりに、彼らに広大で無限な海への憧れを説けばいい」と記している。この言葉は、Netflix(ネットフリックス)の企業理念やビジョンを記した「Netflix Culture」の最後に「私たちの道標」として引用されている。 広大で無限なデジタルの海の素晴らしさを伝えることができれば、船はできあがる。あとは漕ぎ出すだけだ。


参考
  • 「デジタルスキルデジタル標準」(経済産業省)
  • 「IT人材需給に関する調査 」(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
  • 「中小企業の稼ぐ力 IT人材の活用」(中小企業庁)