南海トラフ地震

歴史を振り返ると、日本は繰り返し自然災害に襲われてきた。今年は、関東大震災から100年、災害対策の節目の年である。2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)は記憶に新しい。M(マグニチュード)9を記録したこの震災では、死者・行方不明者合わせて約2万2000人、全壊家屋12万棟を超える大災害となった。
近年、東日本大震災を上回り、甚大な被害をもたらす巨大地震への懸念が高まっている。例えば、M8~9、最大クラスの地震と、津波が想定される「南海トラフ地震」※は、今後30年以内に70~80%(試算の中で最も高い数値の場合)の確率で起こるといわれている。

※南海トラフ地震とは
南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘へと伸びる南海トラフに沿って発生する地震であり、最悪の場合死者32万人、経済被害は220兆円を超えることが想定される。

本稿では震災史に学び、新たな時代を模索するため、地震・地殻変動と地下水の関係について研究され、防災士の講師を務める滋賀県立大学理事・副学長の小泉尚嗣博士のインタビューと、いち早く復興に取り組むためのヒントの一つとして注目されている「フェーズフリー」という考え方について紹介していく。


小泉尚嗣博士 プロフィール

大阪府出身。父親の実家が愛知郡湖東町(現在の東近江市)で小学校時代は夏休みには湖東町で過ごしていた。1989年に京都大学 理学博士を取得、京都大学助手、工業技術院主任研究官、産業技術総合研究所グループ長等を経て、2015年に滋賀県立大学に教授として着任。2023年4月から滋賀県立大学の理事・副学長。

滋賀県の被害想定について

まず、皆さんにお伝えしたいのは、震災による被害とその対策は、場所によって変わってくるということです。例えば、東日本大震災では津波による被害が甚大だったことから、滋賀県でも琵琶湖の津波が気になるかと思います。ですが、過剰に心配する必要はありません。津波の被害は動かされる水の量(体積)によって決まります。東日本大震災で動いた海水は数十万立方キロメートルと考えられるのに対し、琵琶湖の水はその1万分の1程度にすぎません。分かりやすく説明すると、東日本大震災で動いた水量が、通常の浴槽で使われる水量(約200ℓ)とすると、琵琶湖は大さじ1〜2杯(20㏄)程度という計算になります。他方、滋賀県は、日本一天井川の多い県で、地震で弱体化した河川堤防が各所で決壊すると大災害になり得ます。大地震発生後、しばらくの間、水害にはいつも以上に注意が必要です。
過去に滋賀県で起こった震災から考えて、南海トラフ地震において滋賀県で予想される災害は、「家屋倒壊と火事」、「液状化」、「山間地の地滑り・土砂崩れ」です。
南海トラフ地震では、想定震源域が一気にずれ動くケース(全割れ)がある一方、紀伊半島沖を境に、東側と西側が時間差でずれ動く「半割れ」といわれるものがあります。東側(または西側)で先に巨大な地震が起き、その数時間~数年後に、西側(または東側)でも巨大地震が起きるというケースで、過去においては、この「半割れ」の例が多いのです。つまり、巨大な地震が連発することを意味し、1度目にダメージを受けた建物が修復できないまま、2度目の揺れを受けて倒壊する、という可能性もあるのです。
次に、液状化について滋賀県の歴史を調べると、戦国時代の1586年に発生した天正地震で近江国長浜の液状化についての記述が残されており、1909年の姉川地震(M6.8、最大震度6)でも、長浜付近で強い揺れと液状化が起こったとする記録があります。また、防災科学技術研究所の地震ハザードステーション【図】というデータベースを見ると、震度6弱の揺れ(大半は、南海トラフ地震による揺れ)の30年間の発生確率において、滋賀県は飛び地のように確率が高くなっています。それは、琵琶湖周辺の地盤が弱いためで、離れた場所で起きた地震でも、滋賀県では、よく揺れて、かつ、液状化の危険性が高いのです。液状化は、ただちに人命に関わることは稀ですが、建物の沈下や傾斜に加え、電気・ガス・水道・通信・交通といったインフラ施設に大きな打撃を与えるのが問題です。

【図】30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率 ※全ての地震(最大ケース)で考慮した場合

地震ハザードステーション

最後に、山間地の地滑り・土砂崩れについて述べます。1622年の寛文近江若狭地震(M7.2~7.6、最大震度6)では朽木谷で発生した斜面崩壊(町居崩れ)で榎村・町居村という二つの村が壊滅し560名の方が亡くなりました。ほかの地域で亡くなった方も含めると、同地震による死者数は600人を超え、滋賀県の歴史上最多だと考えられます。山間地では、地震時の地滑り・土砂崩れに気を付けていただきたいです。 このように、地震は、揺れそのものによる災害に加え、水害や土砂災害の危険性も増加させます。地震に加えて水害や土砂災害の危険地域は、滋賀県の防災情報マップでまとめて閲覧することができるので、ぜひ活用してください。また、住所をいれるだけで、その場所の地震危険度が簡単に調べられる、地震ハザードカルテも便利です。

私たちが備えるべきことは

まず、「緊急地震速報」を利用して地震時にケガをしないことですね。普段、聞き馴染みがないアラーム音ですが、特徴のある音なのでインターネット上の動画サイトなどで調べて、1年に1度でよいので聞いておいてください。アラームが鳴ってから、大きな揺れが来るまでは数秒~数十秒です(間に合わないこともあります)。アラームを聞きすぐに身を守る行動(危険な作業を止める、机の下に身を隠す、火を消す等の行動)を取ることでケガを防げます。「何の音かなあ」などと考えていると、貴重な警報をいかせないことになります。地震の揺れをもたらす波の中で、揺れは小さいが速度の大きいP波を早期に検知して解析し、揺れは大きいが速度の遅いS波が来る前に住民に周知するというのが緊急地震速報で、アイデアそのものは昔からありましたが、実用化できている国は日本以外では稀です。世界に誇れる日本の科学技術なのでしっかり活用して自分の身を守りましょう。なお、緊急地震速報が鳴って1分しても大きな揺れが来ないときは誤報ですので、通常の行動に戻ってもらって大丈夫です。
また、いつ来るかわからない地震に対して常に万全の準備を続けることは、とても難しいことですが、毎日の生活の中で、自分にとって無理のない範囲の取組みならどうでしょうか。例えば、車は、冷暖房・電源・ラジオ付きの移動可能な「避難所」ですが、燃料がなくなれば機能を失います。したがって、燃料が半分になったら給油をするように心がけるだけでも立派な防災対策となります。
日常と非常時の垣根をとりはらい、身の回りにあるものやサービスを非常時にも役立てる「フェーズフリー」という考え方はとても良い防災対策です。防災に備えるというよりも、普段の生活のなかで非常時に「使うことができる」「転用できる」ようなアイデアがたくさん形になれば、事業者の利益を生み、消費者は抵抗なく防災準備ができます。
また、被災後に復興に取り組むためには、事業所のいち早い復興が要となります。そのために、 BCP(Business Continuity Planning=災害などの緊急事態における企業や団体の事業継続計画)の策定も重要です。


「いつも」と「もしも」をフリーにする「フェーズフリー」

小泉博士より、無理なく持続的に続けられる防災対策として紹介いただいたフェーズフリーは、例えば普段から速乾性に優れた服を着ていれば、災害時に雨に濡れたとしても体温が失われずにすむなど、日常時の快適性を追求することが、非常時にも役立つという考え方である。元々は防災の専門家として活動を続けてきたフェーズフリー協会代表の佐藤唯行氏によって提唱された概念で、現在では日用品メーカーや、公共・宿泊施設、行政でもフェーズフリーが取り入れられている。滋賀県では現在、防災の取組みとして災害時炊き出しに使用できる「かまどベンチ」(下記写真)が増えており、彦根市内では若葉小学校に設置されているが、今後はフェーズフリーを意識し、自社の商品やサービスを応用できないか、ビジネスチャンスと考え、積極的に取り組む企業も増えていくことを願っている。

かまどベンチ

フェーズフリー商品の一例

バケツにもなる撥水バッグ

日常時は大事なものを水から守り、非常時は大事な水を運べるバッグ。
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静電気の力で、どこでも貼りつき書き消しのできるシート

静電気で張り付くため画鋲やテープは不要且つ軽量のため持ち運びに最適。学校・介護施設等、屋外でも使用できるため、非常時は緊急情報などの共有に価値を発揮する。
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BCPの策定を!

国によると、南海トラフ地震において最悪の場合220兆円に上る大きな経済損失が想定されている。生産や物流がストップすることで被害が日本全国へドミノ倒しのように拡がっていくのである。
事業者は早期復旧・復興の中核を担う存在である。災害時、事業資産の損害を最小限にとどめ、事業の継続に努力することで、早期復旧・復興が可能になる。そのためには、平常時に行うべき活動や、非常時における事業継続のための方法、手段などをあらかじめ決めておく「BCP」の策定が必要なのだ。
「BCP」をフェーズフリーとして考えると、平常時から自社の経営の実態を把握しておくことは、取引先や銀行等からの評価や信用を高め企業価値の向上につながる。また策定した計画が中小企業庁の「事業継続力強化計画」に認定されれば、税制措置や金融支援、補助金の加点などを受けることができるのだ。

BCP策定に役立つサイト

彦根商工会議所においても「BCP策定について」セミナーの実施を予定するなど、会員事業所の皆様と連携し、災害時の地域経済の早期復旧・復興につなげられるよう体制を整備、強化していきたい。


参考
  • 内閣府 南海トラフ巨大地震の被害想定について(第二次報告)
  • 滋賀県地震被害想定(概要版)
協力
一般社団法人フェーズフリー協会