『2025年 彦根城を世界遺産に』をスローガンに意気軒昂、登録への機運醸成に取り組んできたが、2023年7月4日、政府は、彦根城について、ユネスコの諮問機関が事前に関与して助言する「事前評価」を活用して登録を目指すと発表した。以来、「2027年に延期」、「事前評価制度」と各メディアにより様々な報道がなされた。
7月31日、「世界遺産のまちづくり委員会」にて彦根市世界遺産登録推進室 小林隆室長より、8月3日、常議員会にて同推進室 三尾次郎室長補佐より今回の経緯や今後の課題・スケジュールについて説明いただいた。報道では「確かな一歩」「逆に後退」と様々な意見が飛び交う中、今号で改めて現状と今後について整理し、私たちがこれから目指すべき方向について考えていきたい。
彦根城世界遺産登録推薦に向けた事前評価について
彦根城世界遺産登録推進室によると、彦根城は、奈良県の飛鳥・藤原とともに、今年(2023年)日本政府からユネスコ(※1)に推薦書提出を希望していた。ところが永岡文部科学大臣より、彦根城と飛鳥・藤原の推薦書をユネスコに提出せず、彦根城については、文化審議会(※2)が事前評価の制度を活用する意向を固めたと発表された。
これまで、世界遺産に登録されるための流れは、各国が国内の暫定リストの中から推薦の準備ができたものについて推薦書を作成し、ユネスコの世界遺産センターへ提出、イコモスという諮問機関の調査を経て世界遺産委員会で審議されるというものだった。
今回、彦根城が受ける事前評価制度は、2021年の第44回世界遺産委員会拡大会合において導入が決定され、本年度から試験的に開始された。自国の世界遺産暫定一覧表記載資産の世界遺産登録をめざす締結国が、推薦書の本提出前に、顕著な普遍的価値などについて諮問機関(イコモスなど)より技術的・専門的助言を受けるという制度である。2025年度からは事前評価が義務化される。
昨年、新潟県の佐渡島の金山が推薦書の不備によりユネスコへ再提出となり、2024年以降に持ち越しとなった。彦根城の世界遺産登録は事前評価制度により、推薦書の不備がないよう、事前に問題点を洗い出し、それをクリアした上で提出が可能となる。
ポジティブに考えると、確実に推薦書の提出が可能なレールに乗る事ができたともいえる。
今後の流れとしては、9月15日までに日本政府により事前評価の書類をユネスコへ提出、その後諮問機関との質疑応答が重ねられ、来年10月1日までにイコモスから事前評価の結果が届く。その結果をふまえて彦根城の推薦書素案を作成する。 そして、文化審議会で彦根城の国内推薦が決まると、2026年1月30日(2月1日が日曜日のため)までに日本政府からユネスコに彦根城の推薦書が提出される。
その後はこれまで通り2026年秋にイコモスの現地調査が行われ、2027年5月初旬頃のイコモス勧告をふまえて、同年6月末から7月初旬にかけて、ユネスコの世界遺産委員会で審議が行われることになる。
なお、同様に今年度国内推薦を希望していた飛鳥・藤原については、解決すべき課題が多いことから、(来年度までは事前評価制度を受けずに推薦書が提出できるため)今回事前評価を受けずに、推薦書を提出する作業を継続することになった。
今後の課題について
世界遺産に登録されるためには、その資産の「顕著な普遍的価値」が認められる必要がある。
慶長9年(1604)に工事が始まり、約20年かけて完成した彦根城の価値は、江戸の250年間の安定・平和な時代における統治の仕組を体現しているところにある。一度も戦闘を経験していない城郭であり、武士たちはその城郭に集まり領地の安定のため、政治に取り組み、文化活動や武芸に励んだ。やがて安定と調和のシンボルとして仰ぎ見られる存在となった。他にも大名の御殿や重臣の屋敷など、政治の拠点施設としての建物や遺構などが数多く残されているとともに、周辺のまちや琵琶湖からも見えるように作られた城郭が長く維持されているという点が世界へ示そうとしている価値である。
そして、今回文化審議会より示された彦根城のクリアすべき今後の課題は、—「より深める」「さらに明確にする」等基本的な方針から、さらなる工夫を加える—というものであった。令和3年度に示された課題と比べると、保存管理に関する課題、機運醸成・持続可能なまちづくりに関する課題が削除され、一定のところまでクリアできたと考えられる。
さらに、市民へのアンケートでは彦根城世界遺産へ取り組んでいることを知っていると回答した方が90%を超え、周知から理解のフェーズへと進んでいるといえる。これまで我々が取り組んできたものが、結果として結びついてきているのである。
小林室長は、「二世紀以上にわたって天下泰平を維持し、江戸時代の人たちに安心・安全を感じさせてきた彦根城は、現在の彦根市民にとっても心の支えであり、このまちで暮らし続けていくうえでなくてはならない大切な歴史資産である。彦根城を守り、活かしながら、いつまでもこのまちで幸せに暮らし続けていただきたい」と述べる。
令和5年度 文化審議会が彦根城に関して示した課題
- 物証に基づいた具体的な記述を加え、「彦根城」が近世日本の統治体制を表わす城郭であることの説明をより深めること。(価値に関する課題)
- 近世城郭が約180存在した中で、主張する価値に照らし、なぜ「彦根城」がその代表となるのかについて、さらに明確に説明すること。(価値に関する課題)
- 暫定一覧表記載が長期間を経ていることから、世界遺産委員会の諮問機関であるイコモスとの対話を通じて、顕著な普遍的価値を更に明確化すること。(価値に関する課題)
新たな通過点 2027年
彦根城の世界遺産登録はゴールではない。
彦根市は、彦根城を代表とする文化遺産、恵まれた自然環境、日本の中心位置など、アドバンテージを多く持つ地域である。世界遺産登録は大きな地域活性化の起爆剤である。彦根市のみならず周辺市町とともに持続可能なまちづくりを実現していかなければならない。オーバーツーリズムの問題、おもてなし力の向上、湖東・湖北地域、ひいては滋賀、関西と広域での連携など課題は多い。彦根城の歴史を深耕し、保存と活用、地域の課題を解決しながら、県市一丸となりさらなる機運の醸成を図っていく必要がある。
彦根商工会議所及び関連団体では、8月27日に世界遺産登録フェスタ、9月12日には歴史学者の磯田道史氏による講演会を開催、来春には大津エリアでも機運醸成のためのイベントを計画している。