我が国の経済状況は、過去数十年の間で目まぐるしく大きな変化を遂げてきた。社会構造の変化も伴い、長期の経済停滞と少子高齢化よって新たなビジネスの創出を奨励し、地方創生の必要性が浮き彫りとなった。政府による支援策によって、補助金やスタートアップ支援、イノベーション拠点の整備が行われ、地方自治体では地域の特性を活かした様々な支援制度を展開しているところである。 彦根商工会議所でも起業塾の実施や個別面談による創業計画書等の作成支援を行っているところであるが、今回は、政策金融機関として、創業者向けの融資を積極的に行いながら様々な地で地域を支えてこられた日本政策金融公庫 彦根支店の富森正喜支店長より話を伺い、「創業」をキーワードに現在の全国動向や私たちの今後の課題について考えていく。


富森正喜支店長 プロフィール

京都市出身。平成6年国民金融公庫に入庫。令和5年3月より日本政策金融公庫彦根支店長。政策金融機関として資金繰り支援だけでなく、中小企業の皆さまへのご融資を通じた経験、知識を活かし地域活性化への貢献にも力を入れている。

全国、県内においての創業動向について

日本政策金融公庫(以下日本公庫)の令和4年度の創業融資実績(創業前及び創業後1年以内の企業への融資実績)は、全国で25500先(前年度比98.1%)と、前年度並みの実績となりました。滋賀県内においても、前年度並みの実績(前年度比101.3%)となっております。
このような状況の中、全国及び県内においても、創業前の融資実績は2年連続で増加するなど、ポストコロナに向け、創業機運が高まっていると考えられます。特に、20代~30代の女性向けの創業前融資実績は、コロナ禍前(令和元年度)を上回る水準となっており、若い世代の女性をはじめ、「創業」を働き方の選択肢の一つとする動きが活発化していると感じます。
特徴的な例としては、地方に移住し創業する「移住創業」があげられます。地域おこし協力隊として活動していた20代の女性が、その地域の魅力に惚れ込み、地産地消を促し、地域活性化に貢献したいとの思いから、キッチンカーでクレープ屋を創業したといった事例がありました。また、近年ではコロナ禍の影響もあり、都市部から地方に移住し、その地で創業するという事例をよく耳にするようになりました。
また、コロナ禍を契機とした〝非接触〟ニーズの高まりをうけ、大きな店舗を設けずに、必要最低限の設備で創業し、マンツーマンで商品やサービスを提供するといった、「創業の小規模化」も一つの特徴としてあげられます。最近では、パーソナルジムや美容室等のプライベートサロンが代表的な事例です。当支店の業務区域においても、美容師として経験を積んだ女性が、完全マンツーマンのプライベートサロンを店舗兼自宅として創業したといった事例がありました。

地方創生からみる創業の鍵

地方創生を進めていくうえで大きな力となるのは、地元のビジネスの成長と活性化です。そして、地方創生とは、ひと言で言えば人口減少を止めることだと思っています。
人口減少が起きる原因の一つは若者が進学や就職でいったん都市部に出ていったら戻ってこなくなってしまうことです。減っていくのは若者であり、Uターン、Iターン等を希望する若者が戻ってからやれる仕事があるかどうか。大学生が就職先として地方を選ぶように、創業という選択肢により地方でも自己実現できるじゃないかと思ってもらえる土壌をつくることが必要です。そして、若者による創業を見据えた機運の醸成は、創業にとって重要な鍵となります。例えば、人口減少が起きると地域にどんな変化が起きるかを想像してみましょう。人口減少によって起こることは、生活サービスの低下です。採算が合わなくなればいつも給油していたガソリンスタンドや日常の買い物をする商店が無くなります。路線バスが減便、廃線となって車の運転ができないお年寄りがでてきます。このような問題は、「地域の利便性の低さ」や「働く場の少なさ」といった地域の課題を浮き彫りにします。そしてこの問題は、山奥の限界集落に限ったことではなく、地方では駅前の商店街でも十分に起こり得ることなのです。
このように地域の未来を想像してみることから始め、その課題に対し、自身の考えたビジネスで地域の課題を解決できないか?と考えるところに創業の芽が育ちます。企業と地域との新しい関係を創造すること。地域の課題解決には、どうやらビジネスチャンスが転がっていると気づいた若者たちが地元を選んでくれたら地方は元気になります。
これまで利益を生むのは大都市だと思い込んでいた若者が「大都市では実入りはいいけど家賃も物価も高い。むしろ自己実現できる仕事があるなら地方がいい」と考えられるように、地域の創業機運を高めていけば、地域の担い手となる若者が増えることが期待できます。そんな発想豊かな若者が、地域課題の解決に繋がる新たな商品・サービスを提供することで地域の利便性が高まるとともに、従業員を雇うことで働く場を提供するといった波及効果も期待できます。
彦根市においても創業機運を高めていくために商工会議所、商工会、地域金融機関、行政などの関係機関と日本公庫が連携し、持続的な創業支援の取り組みを行っていくことが必要不可欠だと思います。

コミュニティの創出を

地方創生の一翼を担い、地方で活躍する企業は、小売業やサービス業の割合が高く、中小企業が多いのが特徴です。地域の課題解決は、大都市に本社を置く大企業が苦手とし、小回りが利く小さなコミュニティビジネスの独壇場と考えています。地方でビジネスを志す若い担い手が繋がりあい、価値を共有することで新しいコミュニティが生まれます。
彦根には3大学があって、学生がすんなりとコミュニティに入っていける環境にあります。地域おこし協力隊は、地域に住んで活動し、地域貢献してもらう。その中で人間関係が構築されて自信を持つ、そして土着の人となる。というステップを踏んでいます。その点で言うと、学生はそれ以前に地域を知っている。そこで自分の思い描いていることをやれたら理想的ですよね。
そこで重要になってくるのが、今、事業をやっている彦根の皆さんの存在です。いいまちにしよう、創業者を増やそう、そんな前向きな姿勢やまちの雰囲気を学生時代に見ていれば、必ず留まってくれる、帰ってきてくれるはずです。
そんな若い担い手同士が繋がりあい形成された新たなコミュニティは、都市部と比べて出生率の高い地方への移住定住の原動力となります。地域が活性化することで地域の魅力が高まり、域外からの人口流入が増えていく……そんな姿が、私たちの目指すべき地方創生の姿ではないでしょうか。

日本公庫の取り組みについて

創業パネル展

私の前任地の小松支店(石川県)では、小松市、加賀市及び能美市それぞれの商工振興の担当部署とタイアップして創業パネル展示会や個別相談会を実施したのですが、彦根市でも実施に向けて動いています。これまでの創業支援の実績や地方での創業事例をわかりやすくまとめた展示用パネルを、U・Iターンなど様々な事情でその街を訪れる方が一度は立ち寄る市役所に設置することで、創業に関心を持ち、将来の選択肢とする人もでてくるかもしれません。自分と境遇が似ている方の創業事例を見て「実際そんなにハードルは高くないのかも、やってみようかな?」というきっかけにもなり得ます。

高校生ビジネスプラン・グランプリ。過去開催の様子。

また、昨年度455校、4996件の応募となった「高校生ビジネスプラン・グランプリ」では、若者の創業マインド向上を目的に県内からは県立彦根東高等学校など計5校が参加、県立大津商業高等学校のチームがベスト10を受賞しています。
ある地域では、商工会議所と連携し、公庫職員と経営指導員が高校生に授業をしている例もあります。地域の課題やその解決方法について詳しい経営指導員が、高校生が考えたビジネスアイデアに対して助言を行うことで、地元に関心をもってもらうことに繋がっています。これまでの参加者の中には、グランプリ参加をきっかけに起業し、地元に残り、地域をけん引する若手起業家等もでてきています。若年層への起業教育として、彦根でも各所と連携しつつ取り組んでいきたいと考えています。
近年、滋賀県では少子化の影響で高校が全県一区となり、結果進学先は県南志向にあります。その生徒たちは次に京阪の大学へ進学する。そうすると滋賀に戻るよりもそこで働くほうが良いよね、といったことが現実として起こっています。滋賀県全体で喫緊の課題としてまちづくりに取り組んでいかねばなりません。


彦根商工会議所としての今後の取り組み

和歌山県の田辺市では、地域課題をビジネスで解決する人材の育成と、ビジネスモデルの創出を目指し、産学官金で連携し、たなべ未来創造塾という形で地域一体となって取り組んでいる。そして、卒業生はそれぞれの得意分野を活かし、活躍をしているという。彦根商工会議所でも昨年より起業塾を実施し、2期目となっているが、多様な起業スタイルに応じつつ、彦根一体となったコミュニティを形成していきたい。