提供した商品・サービスなどに対するお客さまの不平・不満を、私たちは「クレーム」、「苦情」と呼ぶ。「クレーム」は和製英語で、元となった「Claim」という言葉は本来、要求や請求などの主張を意味する。一方、「苦情」(complain)は「店員の態度が悪く不快だった」というお客さまの不満や嫌な感情を指し、苦々しい心の状態を表している。諸説あるものの、日本においては一般的にこれら2つを混在した和製英語として「クレーム」を使用するケースが多い。
企業においてはクレームに至る前に業務改善することや、致命的なクレームになる前に迅速に対処していくことも重要となり、個人ではなく組織全体で対応方法を決め、情報共有しながら事業運営していくことが肝要である。
ハインリッヒの法則(※1)に置き換えて述べると「大きなクレームが1件発生したら、その裏には29件の軽微なクレーム、300件の不満がある」。つまり、クレームが生じた段階で迅速に適切な対応を取れば、1件の致命的なクレームや29件の軽微なクレームを未然に防ぐことができると考えられる。
近年企業では小さなクレームを見逃したために大きな問題に発展する可能性もある危機感から、消費者の声を積極的に経営戦略に活かそうとする動きが出てきている。

※1 ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)
「同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害があったとすると、29回の軽傷、傷害のない事故を300回起こしている。」とした法則で、300回の無傷害事故の背後には数千の不安全行動や不安全状態があることも指摘している。近年では労働災害の分野だけでなく、サービス業やオフィスワークの分野でも活用されている。

クレームとお客様満足度の関係性

クレームを意味のある主張と捉えて有効活用できれば、自社の成長や売上拡大に大きな役割を果たす。福井商工会議所では苦情・クレームを集め、実際にそれを解決するための商品・サービス作りを支援する「苦情・クレーム博覧会(現在は事業終了)」を過去実施した。多くの消費者の声を収集し、それを解決すべく様々な商品・サービスの開発へと活かされた良い事例となり、参加企業の商品・サービスは一躍話題となった。また、とある企業ではお客様相談室の社員がクレームの原因を分析し、それを後の対応や商品開発等に活かすなど、応対だけではない〝攻め〟のお客様相談室を戦略とする企業も出てきている。
そして「グッドマンの法則」(※2)では、クレーム対応と再購入決定率の間に相関関係があることを示している。古い法則ではあるが、マーケティング業界ではCS(顧客満足)の基礎、顧客心理と非常に深い関係性があることから、時代とともに風化することのない不変の法則として重要視されている。

※2 グッドマンの法則
1975年~1979年、1982年の2回にわたりアメリカで行われた消費者苦情処理調査データをジョン・グッドマン(TARP社代表)が取りまとめ、白鴎大学教授等を務めた佐藤知恭氏が法則性を発見し『グッドマンの法則』と名付けられた。

グッドマンの第一法則

「不満を持った顧客のうち、苦情を申し立て、その解決に満足した顧客の当該商品サービスの再購入決定率は、不満を持ちながら苦情を申し立てない顧客のそれに比べて高い」

グッドマンの第二法則

「苦情処理に不満を抱いた顧客の非好意的な口コミは、満足した顧客の好意的な口コミに比較して、二倍も強く影響を与える」

グッドマンの第三法則

「お客さまに適切な「情報を提供する」(企業の行う消費者教育)ことによって、その企業に対する消費者の信頼度が高まり好意的な口コミの波及効果が期待されるばかりか、商品購入意図が高まり、かつ市場拡大に貢献する」

(引用 顧客ロイヤルティ協会・佐藤知恭 / NPO法人顧客ロイヤルティ協会HPより)

1. 第一の法則 「クレームを解決することはリピートにつながる」

商品に対して不満を持ったとしても、たった4%しか苦情申し立てがない。申し立てをしなかった人は96%で、そのうち9%の人はとりあえず再購入するが、残りの91%は無言で去ってしまう。一方で不満を申し立てたお客さまに対して、迅速に対応できると再購入率は9倍の82%となるため、贔屓客となってもらえる可能性がある。
難しいのは前述の無言で去られてしまうことで、クレームを直接企業に伝えないが、その不満をSNS等に書く可能性はあり、拡散されれば企業に多大な損失を生み出しかねない。日頃からアンケートや店頭、Webサイトなどでクレームをできるだけ拾い、課題を解決に導くためのツールの導入、顧客の期待値調整などを検討することをおすすめする。

2. 第二の法則 「非好意的な口コミはより拡散する」

人が好意的な口コミを伝える相手は4〜5人であるのに対し、非好意的な口コミについては9〜10人と、倍近くの人数に伝えるのだという。さらに20人以上に伝えるという人は12・3%存在する。SNSが浸透した現在はよりその傾向が強くなっており、口コミは非常に早く、多くの人に影響を与える。ネガティブな声にいち早く気付き適切な対応を行うと、炎上を免れるだけではなく、世論で好ましいとされる解決策だとポジティブな話題に転じるケースもあり、ここでもクレーム対応の重要さが読み取れる。

3. 第三の法則 「真摯な情報提供は、お客さまと企業の信頼関係を築く」

お客さまが求める情報を的確に提供していくことで、企業に対する消費者の信頼度が高まり、自社のサービスや商品へのリピート率を増やすだけでなく市場拡大に貢献する。
例えば、書店で店員の感想や読者の口コミなどがPOP掲示されているのをよく見かけるが、これはプラスの意味で顧客に適切な情報提供となる。
一方、企業にとってビジネス上、不利になるようなことであっても、顧客にとって適切な情報、価値のある情報なのであれば、しっかりと伝えたほうが顧客満足度は結果的に上昇していく。CSR(企業の社会的責任)の重要性が叫ばれて久しいが、偽装表示などの企業による不祥事は後を絶たない。市場やお客さまに対して正しい情報を提供することの重要性は言うまでもない。

不当要求を見極める

ここまで、クレーム対応がいかに重要であるかを述べてきたが、一方で昨今よく取り沙汰されているカスタマーハラスメント(カスハラ)という問題がある。
カスハラという言葉は広義の意味で使用されているため、クレームとの間に明確な線引きはないが、悪質で不当なクレームや要求を伴わない嫌がらせも含まれる。暴言や暴行、迷惑行為など、SNSの普及も相まって表面化し大きな社会問題となっているところである。国においてはマニュアルを公表、東京都ではカスハラ防止条例の制定へと動きだした。カスハラ対応によって、本来の業務が回らなくなる時間的ロスや金銭的ロスの発生だけでなく、人材不足が叫ばれている昨今は、特にクレーム負担による従業員の休退職を何としても防がねばならない。
しかし悪質なクレームや、不当要求をどのように判断していくかは非常に難しい。例えば購入してすぐに壊れてしまったパソコンを、ただ「使い方が悪い」という説明を受けたら、腹が立つ人もいるだろうし、「お金を返して」「新しいものに交換してほしい」と言いたくなる人も多いだろう。しかし実際は故障しても仕方のない使用方法だったというケースもあり得る。
クレームは千差万別であり、決まった答えが存在しない。企業による誠意の限界を超えた主張や要求を「悪質・不当な要求」だと定義するとして、その誠意は企業によって変わってくる。先の例で「初期不良で故障した」ことを自社で確認でき、交換・返金を申し出たとする。そこでお客さまが引き下がってくれれば、通常のクレーム対応の範疇だが「誠意が足りない」と、土下座の要求を繰り返されたのならば、さすがに誠意の範囲を超えたと判断されるのではないだろうか。
そして、悪質・不当だと判断したら対応を例外なく打ち切る、といったように、あらかじめ組織として対応を決めておくことで、お客さまと企業の関係が健全に保たれ、矢面に立つ従業員も安心して対応ができる。

適切な対応力を身につける

10年程前までは、クレーム対応方針・マニュアルを見ても「お客さま第一」という考えもあった。しかし、今日では多くの企業がクレームとどう向き合うべきか、悪質・不当要求をきちんと見極め、ブレずに断るという方向で仕組みやマニュアルを整備し教育を進めている。


彦根商工会議所では、2024年3月8日(金)にKDDI(株)お客様相談室専任講師を迎え、体感型セミナー「心地よい接客応対と上手なクレーム対応セミナー」を開催する。カスハラという言葉が先行したり、クレームと決めつけて過剰な反応をしてしまう事案も見受けられる昨今、これらを正しく理解し、適切な対応力を習得していただきたい。
クレーム対応の基礎を学べる【基礎編】、カスハラ対応など、組織としての対応方法を学べる【応用編】と階層別に学ぶことができるため、経営者だけでなく管理職、一般従業員を問わず広く参加いただきたい。