文化6年(1809年)創業。彦根の歴史と共に歩んできた「いと重菓舗」は創業210年以上続く老舗和菓子店だ。逆境を乗り越え、地域のために邁進する7代目藤田武史社長に話を伺った。

江戸時代、糸問屋を営んでいた「糸屋重兵衛」の妻が、夢のお告げで菓子「益寿糖」の製法を教わったことがいと重菓舗の始まりである。代々井伊家の御用達を務め、3代目の糸屋重兵衛には善行者への褒賞として「孝字紋羽織」を賜るなど井伊家との縁も深い。

7代目店主として

藤田さんは兄が居たこともあり、当初会社を継ぐなど考えていなかった。しかし、神戸で銀行員として働きだした1年目に阪神淡路大震災を経験し、中小企業の経営がいかに不安定なものであるかを痛感したという。
「銀行員になって数年経った頃、実家の会社もいろんな問題を多く抱えていることを知りました。このまま放ってはおけないと覚悟を決めました」そして藤田さんは実家に戻り、家業を継いだ。
まずは銀行員時代の経験や知識を活かして改革に取り組んだ。目指したのは、大災害が起こっても持ち堪えられる会社、そして細くとも連綿と続く「糸」のように、小さくても確かに彦根にあり続けることができる会社である。
機械の導入や税務対策、コスト削減を図るほか、繁忙期と閑散期の売上差をなくし、通年で収益を安定させるため通販を開始。各地の百貨店へも自ら足を運んだ。
「20年かかって銀行債務を無事完済した途端に、コロナ禍。未曾有の事態に耐えられる会社作りがギリギリ間に合った、苦労が報われた、と感じました」とこれまでを振り返る。

老舗企業の和魂洋才

藤田さんは「菓子の概念や使用する素材、ルーツに面白さがある」と話す。小豆が入ったチーズケーキ「和こん」や、チョコやへべすなどを使用した季節限定フレーバーが人気のダックワーズ「茶あわせ」など様々な商品を生み出し続けている。看板商品「埋れ木」も季節限定商品を新たに生み出すなど、不易と流行を大切する老舗和菓子屋ならではの表現だ。
同店がこだわる素材のひとつに、和三盆糖(さぬき産)がある。ルーツを調べているとき、彦根藩と高松藩との歴史や繋がりを知り、今後のお菓子作りや地域振興につなげていく取り組みも検討しているという。

「益寿糖」求肥に和三盆糖(さぬき産)をまぶし、短冊状にした創業以来の伝統技術で培われた銘菓

一つひとつ 真心をこめて

「全国の人気銘菓のように量産化を検討したこともありましたが、菓子は生き物だと改めて実感しました。一部機械化した工程はありますが、温度・湿度管理や要となる作業は人の手でなければ品質が保てません。『一味真』という言葉があります。誰が食べてもおいしいと思える味を、一つひとつ真心をこめてつくることが大切なのです。従業員のやりたいことや、アイデアが日々の作業から生まれることもあります。どんな時代が来ても、地域に根を張り、地に足をつけて菓子づくりを続けていく。それが、私の使命です」
〝いまここ〟で働く人、そして地域とのつながりであり、地域に根差す企業としての責任を痛感しているという。
彦根城世界遺産登録が目前に迫る今、伝統文化を伝える彦根になくてはならない企業のひとつなのである。

埋れ木 和三盆付けの様子

湖南市のお友達3人組。1人が彦根市内のホテルで「埋れ木」を購入したことがきっかけで同店のファンに。以来定期的に店へと訪れているそう。