かつて宇宙は、SF小説や映画の向こう側にあった。しかし今、宇宙はビジネスの「現場」へと変貌を遂げた。「宇宙は国家だけのもの」という時代は終わり、民間企業が宇宙ビジネスに参入する時代の波は、地方の中小企業にも届こうとしている。

SF思考(SFシンキング)未来を「物語る」ことから始める

SpaceXのイーロン・マスク氏は少年時代から熱烈なSF読者だ。アイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインなどの著書に親しみ、「SFに出てくる再利用可能なロケットを現実に作る」という発想からSpaceXを起業。使い捨て前提だったロケット1段目の回収・再使用を実現し、打ち上げコストを大幅に削減した。アマゾンのジェフ・ベゾス氏も同様だ。フランク・ハーバート著『デューン 砂の惑星』を愛読し、宇宙開発ベンチャー「ブルーオリジン」の起業には、少年時代に心を奪われたSFや親しいSF作家のニール・スティーヴンスンの存在が背景にあった。宇宙の商業化に貢献した人に贈られるハインライン賞を2016年に受賞した際、ベゾス氏はこう述べた。「ハインラインは、太陽系全体に人類が繁栄する未来を予見した。そのビジョンを実現するための努力を私たちはやめない」と。
SF思考が生んだのは宇宙ビジネスだけではない。1960年代のドラマ『スタートレック』の小型通信機はスマートフォンに、1968年映画『2001年宇宙の旅』に登場したタブレットとビデオ通話は今のipadとZoomになった。アーサー・C・クラークが1945年に描いた赤道軌道衛星によるテレビ中継構想は20年後に現実となった。

※アーサー・C・クラーク(1917-2008)は、20世紀を代表するイギリスのSF作家であり、未来学者・科学解説者として知られている。SF界の「ビッグスリー」(アイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインと並ぶ)の一人。

こうしたSF思考をビジネス戦略として体系化した動きも広がっている。経済産業省は「SFプロトタイピング」として政策立案に活用し、トヨタ・NTT・住友商事など日本の大企業も取り入れ始めた。SF作家と企業が共同で「10年後のあるべき未来」を物語として描き、そこから逆算(バックキャスティング)して現在の開発戦略を組み立てる手法であり、れっきとしたビジネスメソッドである。

今こそ活用のチャンス「追い風」としての補助金

日本でも、東京の宇宙スタートアップ・(株)ispace(アイスペース)が月面着陸に挑戦し、北海道のインターステラテクノロジズ(株)が小型ロケットの打ち上げを続けている。衛星データを活用したビジネスは農業、防災、物流、インフラ管理など多岐にわたり、「宇宙を使う産業」が急速に広がっている。
政府は「宇宙産業ビジョン2030」において、現在約1・2兆円の宇宙産業市場を2030年代早期に倍増させる目標を掲げた。JAXAを核とした「宇宙戦略基金」も創設され、2030年代前半までに国内打ち上げ能力を年間30件程度確保、通信・衛星データ利用サービスを30件以上社会実装するという具体的なKPI(重要業績評価指標)が設定されている。
宇宙は「夢の領域」から「成長産業の現場」へと変貌した。その現場に、いよいよ地方の中小企業の手が届く時代となった。宇宙ビジネスへの参入を後押しする「追い風」が、補助金という形でも吹いている。宇宙産業は一見、巨大資本が必要なように思えるが、中小企業を対象とした既存の補助制度が、すでに宇宙分野への参入に活用されているのだ。

ものづくり補助金

中小企業・小規模事業者が取り組む革新的な製品開発・生産プロセス改善のための設備投資を支援する制度。宇宙関連部品の製造に向けた設備導入に活用した事例がすでに生まれている。岐阜県の㈱小坂鉄工所は「国産ロケットビジネスの商業化を見据えた宇宙関連部品の量産体制の構築」として採択されており、愛媛県の(株)コスにじゅういちも「高精度化、大型化が必要な宇宙関連部品に対応する生産体制の確立」で採択されている。

新事業進出補助金

既存事業とは異なる新しい分野への進出を支援する制度。事業再構築補助金の趣旨を引き継ぎ、業態転換や新市場進出という「大胆な一歩」を後押しする。鹿児島精機㈱が「半導体分野からロケット・衛星等の宇宙分野の新市場に挑戦」として採択された事例は、既存技術を宇宙分野に転用するモデルケースとして注目に値する。

2026年夏、2制度が統合

2026年夏頃を目途に、ものづくり補助金と新事業進出補助金が「新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業」として統合される予定だ。宇宙機器向け特殊部品を製造するための最新工作機械の導入や、宇宙ビジネスへの業態転換に伴う設備投資への活用が見込まれる。

滋賀から宇宙へ! Space Business in Action

滋賀県は「滋賀県産業振興ビジョン2030」に基づき、IoT・AI・ドローン・ビッグデータなど近未来技術の社会実装を県内で推進する「近未来技術等社会実装推進事業補助金」を設けている。対象技術にはスマートファクトリーやデジタル社会への対応が含まれており、衛星データの活用や宇宙関連の実証実験をこの枠組みで支援できる可能性がある。
また、JAXAは全国の地方自治体と連携し、衛星データを活用した地域課題解決や宇宙産業育成の支援を進めている。内閣府・経済産業省が共同で運営する「宇宙ビジネス創出推進自治体」制度では現在13自治体が選定されており、滋賀県にとってもこうした枠組みへの参画が期待されるところである。

※「宇宙ビジネス創出推進自治体」制度は、内閣府と経済産業省が共同運営するS-NET(スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク)により、宇宙ビジネスの創出を積極的に推進する自治体を選定・支援する仕組みです。 この制度は、地域課題解決や産業振興を目的に、衛星データ活用などを通じて自律的な宇宙施策を後押しします。

そして……「宇宙ビジネスは都市部の話」「未来の出来事」という思い込みは、滋賀県内の現実が壊してくれるに違いない。

長浜・湖北工業

長浜市の湖北工業(株)は、国際宇宙ステーション(ISS)の実験施設を活用し、光通信用部材の宇宙空間での耐久試験に乗り出している。将来の衛星間光通信ネットワークを見据えたこの挑戦は、「地方製造業が宇宙空間で自社技術を検証する」モデルケースとして注目される。

琵琶湖・衛星データ活用

京都大学と滋賀県琵琶湖環境科学研究センターは、人工衛星ランドサットの画像解析により、琵琶湖南湖の沈水植物(水草)の分布と量を推定する技術を実証した。衛星データが身近な環境管理に活用される。

近江牛×宇宙食

県内の近江牛商社やサガミホールディングスなどが連携し、近江牛を宇宙食として提供するプロジェクトが進行中だ。

立命館大学ESEC

立命館大学びわこ・くさつキャンパスには、月面探査技術や宇宙ロボティクスを研究する「宇宙地球探査研究センター(ESEC)」がある。滋賀県は委託事業として月面探査用センサー開発などを支援しており、産官学連携による人財の育成が進んでいる。

例えば、彦根バルブ──SF思考

彦根は全国唯一のバルブ産業集積地だ。明治中期、錺金具職人・門野留吉氏が製糸工場から蒸気カランの製作を頼まれたことを起源に130年余り。現在は27社のブランドメーカーと約120社の関連企業、従業員約1500名、年間生産高338億円(令和7年)を誇る滋賀県最大の地場産業である。
バルブとは流体(液体・気体)の流れを止め・絞り・方向を変える装置だ。
宇宙用バルブに求められるのは超低温(液体酸素はマイナス183度)・高圧・強烈な振動下での絶対的信頼性。これは彦根が長年磨いてきた「高品質・高信頼性」の技術と本質的に重なる。さらに彦根バルブは、関西大学・滋賀県北部産業技術共創センター(旧滋賀県東北部工業技術センター)と約7年かけて鉛フリー銅合金「ビワライト」を共同開発し製法特許を取得した実績を持つ。産学連携で素材開発に挑む体力がある。
ここでSF思考を使ってみよう。2035年、月面基地に人が定住する時代がやってくる。基地の中で人が生きるには水が必要だ。水の供給・循環・排水を制御する配管系が張り巡らされ、その要所要所に「バルブ」が必要になる。月面では真空・極低温・放射線という過酷な環境のなかで、一切の誤作動が許されない。部品は完璧でなければならない。
このシナリオを「自社の物語」として描いた彦根のバルブメーカーが、今から宇宙機器メーカーとの接点を作り、試験・認証の取得に動き始める。それがSF思考の実践であり、「発想はSF、実装は現実」の意味するところだ。宇宙ビジネスは彦根の新しい地場産業の可能性を秘めている。

商工会議所の役割

時代は静かに、そして確実に動いている。この転換点を「よそごと」で終わらせるのではなく、地方都市の可能性、そしてSF思考の豊かさと未来への期待を込めて本特集を企画した。
SF思考とは夢想ではない。「ありえない未来」を物語として描き、そこから現在へと逆算するロードマップの作製の技術だ。それはいま、企業だけでなく商工会議所にも求められている。会員の皆様とともに「10年後、20年後の彦根」を物語り、そこへ至る道筋を一緒に考えること……。地方都市の商工会議所は今後、宇宙ビジネス参入の「入口」となる使命を担うことになる。
アーサー・C・クラークは言った。「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」。宇宙は「魔法の領域」から「道具」へと変わりつつある。「発想はSF、実装は現実」。今夜、夜空を見上げることから始めよう。


参考