彦根城の桜を「ござれ桜」と呼んだ時代を知る人は少なくなった。昭和9年(1934)、城を桜の名所にしようと立花町の食堂主・吉田繁次郎が植え始めたものだ。その食堂の名が「ござれ」。桜の名所と暖簾は、繁次郎という人物でつながっている。

「ござれ」は、530?

立花町交差点の東北、山小屋風の建物に「ござれ」の暖簾がかかる。昼どきになると、会社員、学生、近所の高齢者と、次々と人が吸い込まれていく。ここが「ござれ食堂」だ。
店名の由来が面白い。昭和初期、店の電話番号が「530」だったことから創業者の吉田繁次郎が「ござれ」と名付けたという。4代目・山本理恵さんは「車のナンバーも530にしてますよ」と笑う。「ござれ」という言葉は、「ある・いる」を丁寧にいう尊敬語「ござる」の命令形だ。「どうぞお越しください」「おいでなさいませ」という丁寧なおもてなしのニュアンスを含んでいる。「530」は苦しい時代を笑い飛ばす繁次郎独特の洒落だったのかもしれない。

「昔のまんまやな」が一番うれしい

繁次郎は明治20年(1887)生まれ。旅館業から始まり、寿司屋へ、そして大衆食堂に。道路の拡幅のたびに業態を変えながら、同じこの場所で商いを続けてきた。
現在は吉田滋さん(3代目)、理恵さん(4代目・写真左)と夫・貴士さん、娘・和佳奈さん(5代目・写真右)の家族で切り盛りしている。
店に入るとカウンターに本日のお惣菜がずらりと並んでいる。トレイを手に好きな料理をピックアップ、そのまま会計、ご飯と味噌汁をつけてもらえば食事が始まる。「ぱっと来て、ぱっと食べて、ぱっと帰れる」このスタイルは創業当初から変わらない。
鯖の炊いたんは代々のレシピを受け継ぎ、「昔のまんまやな」と言われることがうれしい。白米は長年の付き合いの県内農家から仕入れ、「米がおいしいわ」というひと言が一番の励みになるという。嬉しいのは、何十年かぶりに訪れた客の言葉だ。「50年前に来ていました」「お米と交換でご飯を食べさせてもらっていました」。人の思いと時間が店に積み重なっている。「続けていてよかった、と思う瞬間です」という。

好きなお惣菜を好きなだけ選ぶことができる「自分でつくる定食」が人気。カツ丼や中華そばなど単品も選べる。

ござれ桜と、細く長く

観光ボランティアガイドが「ござれ桜」の話を案内の中に盛り込んでいて、それを聞いた観光客が暖簾をくぐることがあるという。繁次郎が植え、守り続けた桜と、一杯の味噌汁がここでつながっている。
5代目・和佳奈さんは製菓の専門学校を卒業後、2年前から店に立っている。デザートに季節の焼き菓子が並ぶときがあるので要チェック。
「細く長く続けたい。5代目に強要するわけでもなく、ここで生活していたら自然にやっていたなっていう……。あとは何も考えていません」と理恵さん。歴史は本来そうやって紡がれるものかもしれない。