ちゃかぽん

2025年6月、「グレート直弼君は『茶湯一会集』を読んだか!」と題して、当所のセミナーがひこね市文化プラザで行われた。直弼公の心を深耕する世界遺産登録推進事業である。講師の太田達氏は京都上七軒の有職菓子御調進所「老松」の4代目当主。茶名を宗達という。茶の道を追求すると直弼公に至る。そして、「ちゃかぽん」は日本文化を知る上で欠かせないと語る。
太田氏が代表理事を務める有斐斎弘道館は、江戸中期の儒学者・皆川淇園(1734〜1807)が創設した学問所の建物と庭園を保存し、現代の学問所の再興をめざしている。テーマは「ちゃかぽん」。茶道を中心に和歌や能に関するユニークな講座を「ちゃかぽん」と称して開催している。
——「ちゃかぽん」とは、「茶」「和歌」「能(ぽん=鼓の音)」のことである。幕末の大老・井伊直弼の埋木舎時代の渾名である。直弼の歴史的な功績を思えば、茶や和歌や能といった芸能によって培われた教養こそが、一国の命運をかけた重大な決断の基盤となったのかもしれない。和歌があり、能があり、茶の湯があるからこそ、日本の文化は根をはり、幹を伸ばし、葉を生い茂らせてきた。これらの文化的素養の土壌が、世界に稀なる豊かで平和な思想や、ものづくりの技術やアイディア、アニメやゲームといった創造的な文化を育み、経済的な発展をも支えてきたのだと思う。(『平成のちゃかぽん 有斐斎弘道館 茶の湯歳時記』)——
21世紀の「ちゃかぽん」は、「日本の伝統文化」をつないで一つにした言葉なのだ。有斐斎弘道館の取り組みは、過去を検証し学び直し、捉え直す。言い換えれば未来に向けて再定義するということであった。

一期一会

「一期一会」は、茶人・千利休の茶道の心得に由来するとされている。ただし、利休自身がこの四字熟語をそのまま使ったわけではなく、経緯は少し複雑だ。利休の弟子である山上宗二が、『山上宗二記』の中で利休の教えとして「一期に一度の会」という言葉を書き残している。茶の道を求めるなかで直弼公が、著書『茶湯一会集(ちゃのゆいちえしゅう)』の冒頭で「一期一会」という四字の形にまとめ、広めた。思想の源は利休にあるが、「一期一会」という言葉そのものを生み出し定着させたのは直弼公なのである。
彦根市は令和5年(2023)4月、「井伊直弼公の功績を尊び茶の湯・一期一会の文化を広める条例」を施行した。
——井伊直弼公は、利休を始めとする先人たちが築き上げた侘びの茶の原点を見つめ直し、自ら著した「茶湯一会集 」において、茶の湯の心構えを「一期一会」の言葉に昇華し、世に示した。(中略)特に「幾度同じ人との出会いがあったとしても、その場は二度とないということに思いを致せば、全ての出会いは一生に一度限りの機会となる。だからこそ、誠心誠意人や事物に向き合う。」という一期一会の精神は、私たちが現代社会においても大切にしたい心の在り方であり、広く世界に共有しうる普遍的な考え方として後世に伝えていきたい——と条例に記されている。

昨年のセミナーでトークセッションに登壇された直弼公の茶の湯研究者である井伊裕子さんは——「一期一会」という言葉は、『茶湯一会集』の冒頭、序文で説かれている茶の湯の精神を表す言葉です。『茶の湯一会集』が完成するまでには長い年月がかかっています。下書き原稿も残っているのですが、実は下書きには「一期一会」「独座観念」の言葉は書かれていません。直弼公が考えに考えを重ねた最終段階で、ようやく生み出された言葉なのだとわかります。最近では、「一期一会」の言葉もよく知られるようになりましたが、そのお陰でずいぶんと軽やかに使われるようになってきたようにも思います。直弼公が「一期一会」に込めた思いが伝わっているのかどうかは危惧するところです——と話された。
茶道研究者の筒井紘一氏は、「一期一会」「独座観念」の2つの思想を「利休以来、幾度も利休回帰を繰り返しながら成熟してきた江戸時代の茶道が最後に行きついた」境地と評している。

彦根と第三の開国

慶長8年(1603)2月12日の徳川家康の征夷大将軍就任と同じ月に築造が開始された彦根城は、「徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」の開幕を告げるモニュメントであった。彦根藩初代となる井伊直政公は、慶長5年(1600)関ケ原合戦後、家康により、年来の武功を称賛され、「開国の元勲」(『徳川実紀』)と評された。当時、彦根は、フロンティアの地であり、山城・佐和山城から平山城・彦根城への井伊家の移転は、戦国時代の終焉を示す出来事だったのだ。
その250年後の幕末、元治元年(1864)、幕末の混乱が頂点に達していた頃、松代藩の洋学者・佐久間象山は、ある計画を立てていた。尊王攘夷派の激派に席巻された京都から、孝明天皇を彦根城へお移しする——史料には「御動座彦根城ニ奉移義ヲ企」(『史料叢書「幕末風聞集」』東海大学附属図書館所蔵史料翻刻)と記されている。「御動座」とは天皇の座所を他へ移すという意味。帝を彦根城へお移し申し上げることを企て、象山は京都で尊攘激派によって暗殺されてしまう。命を賭してまで彦根城を選んだ理由は何だったのか。
彦根城はこのとき、単なる井伊家の居城ではなく、「帝を守りうる城」として認識されていたのだ。江戸時代250年間の「平和」と「文明化」は、フロンティアであった彦根を、帝都京都の文明さえも引き受けうる場所へと成長させていたのである。
『日本国語大辞典』(小学館)によると、「開国」は、「① 初めて国を造ること。建国」と「② 外国とまじわりを始めること。また、外国との交流をすること」の二つが記されている。幕末の直弼公の「開国」が②であるならば、直政公の「開国」は、近世国家を造ったという意味で①にあたるといえる。
第一の開国は武力によって国の形をつくり、第二の開国は条約によって世界に経済の扉を開いた。では第三の開国とは……何だろう。
現在、私たちは、21世紀の「グローバリズム」のなかで、あらたな国家、社会のあり方を求められている。そして、それは、すでに私たちが「日本のみ」の「平和」や「繁栄」を許されない段階に至ったことを示している。
日本史上、二度の「開国」を主導した彦根の役割は、決して小さくはない。今日、世界各地の紛争、テロ、貧困、流行病、災害、石油をめぐるパワーゲーム、関税と経済覇権の争いなどのニュースに接するとき、世界に繋がる日本発の「第三の開国」の必要性が強く認識される。
「第一の開国」「第二の開国」を主導した井伊家とともにあった彦根が、この「第三の開国」にいかに寄与するのか、その視点、感覚が問われる。

世界遺産とSDGs

実はその問いに、国際社会はすでに一つの座標軸を用意している。SDGs(持続可能な開発目標)目標11「住み続けられるまちづくりを」のターゲット11.4には、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する」と明記されている。彦根城の世界遺産登録は、国内の悲願であると同時に、国際社会への約束でもあるということだ。
世界は今、多様性を謳いながら分断を深め、持続可能を目指しながら環境を破壊し、平和を語りながら戦争を続けるという矛盾の中にある。SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の精神の核心にあるのは、互いの違いを認め、目の前の相手を尊重し、共に歩むという姿勢にほかならない。「一期一会」と「独座観念」。これはSDGsが求める「持続可能」という概念の、最も内面的で、最も深い表現かもしれない。
彦根城は「パクス・トクガワーナ」の象徴として築かれ、250年間その平和を体現してきた。平和の城に、平和の哲学が宿る。場所と思想がこれほど一致する都市は、世界を探しても他にないだろう。

続!グレート直弼 OPEN SESAME

2027年、NHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」が放映される。主人公は小栗忠順、演じるのは松坂桃李。幕府勘定奉行・外国奉行として、横須賀に近代造船所を建設、フランス式軍制を導入し、日本初の株式会社構想を練り、郡県制による近代国家の設計図まで描いた人物である。そして、小栗を抜擢し、中央の政治の舞台に押し上げたのは直弼公だった。
安政5年(1858)以降、大老として幕政の主導権を握った直弼公は、30代前半の小栗を目付に抜擢し、遣米使節団の監察役に任じたのだ。日本をめぐり西洋列強が覇権を争うパワーゲームに巻き込まれながら、2人は静かに、確実に、近代日本の骨格を組み上げていた……。大河ドラマでは、明治の新政府が作った「維新の物語」ではなく、幕臣側から見た歴史が語られるだろう。これは彦根にとっては大きなチャンスである。
9月26日(土)、ひこね市文化プラザグランドホール。開場13:30、開演14:00。「続!グレート直弼 OPENSESAME 一期一会を世界に」が開催される。「OPEN」は開国。「OPEN SESAME」はアラビアンナイト由来、世界中で通じる扉を開く呪文——「開けゴマ」。第三の開国の新たな時代(扉)を開く呪文でもある。
セミナーは3部構成、3時間。
旭堂南海師の新作講談「井伊直弼と小栗忠順~共に見たかった扉の向こうへ~」から始まる。メインステージは「歴史探偵」(NHK)・「世界一受けたい授業」(日本テレビ)・「日本史の新常識」(BSフジ)で著名な河合敦先生だ。「幕末日本と井伊直弼公 OPEN SESAMEの系譜」と題し講演を行う。二度の開国、茶人としての直弼公、小栗忠順や大隈重信との関係、そして一期一会という思想……。教科書にはない直弼公や彦根が浮かび上がるに違いない。トークセッションは河合先生と井伊裕子氏、そしてモデレーターは旭堂南海師が務める。
歴史家、井伊家の子孫であり直弼公の茶の湯研究者、講談師、それぞれの視点が重なるところに、これまで語られなかった直弼公の心が浮かびあがるに違いない。乞うご期待!