新型コロナウイルスの猛威は依然留まることを知らないものの、事業活動はNew Normalのもと徐々に再開しているように見える。第3波が懸念される中、10月にはGo To Eatが始まり、飲食店へ徐々に客足が戻ってきた。11月の連休にはGo To キャンペーンが浸透した影響もあり、行楽地に観光客が押し寄せ、各地の高速道路に再び渋滞が起こった。しかし、感染者及び重傷者が急増していることを受け、政府では再び急増地域をGoToキャンペーンから一時対象外とすることを決めた。一時は感染状況も落ち着き、マスク着用や消毒、3密回避など新しい生活様式 New Normalがより生活や事業活動に定着し、未知の恐ろしい厄災、から、対策さえしていれば、それほど恐れるものではない、と消費者の意識が変化してきていた矢先のことだ。まだ予断は許されない。同時に、外資系大手製薬会社が開発中の新型コロナウイルスワクチンが第3段階の治験で90%以上の効果が確認されるなど、コロナ禍の夜明けを予兆するニュースで一時株式市場がにぎわった。
我々経済界が向かうべきはどの方向だろうか。今回の特集では、経営のかじ取りがより難しくなっている経済環境の中、こうした未知の危機にも揺るがない本質的な価値としてさらに注目を集めているSDGs、その経済的アプローチのESG投資について、2020.2月号の不易流行に掲載した特集を再編しお浚いしたい。

2019年12月13日、当所と滋賀銀行の共催で「SDGsセミナー」を開催した。奇しくも同日、当所と滋賀中央信用金庫共催の彦根ヒストリア講座では「戦国武将SDGs分析」(この日は京極高次の章)の思考実験が行われた。「今さら聞けないSDGs」と題した不易流行2019.9月号の特集は既に遠い記憶となったが、SDGsの様々な活動は加速度を増して増え続けている。
今回の不易流行では、最も経済界に近く、経営者が取り組むSDGs経営 / ESG(ecology・social・governance)投資について改めて考え、具体的にローカルなアプローチを紹介する。

ESG投資とは

2015年の国連サミットにおいて、グローバルな社会課題を解決し持続可能な世界を実現するための国際目標としてSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)が採択された。持続可能な世界を実現する動きは、世界の投資家を中心としたビジネスとしても加速している。経済界や投資分野では、SDGsに即した世界の解決すべき課題を、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの観点から捉え、その頭文字をとってESGと呼んでいる。ESGに配慮した責任ある投資を「ESG投資」という。投資家が、短期的な収益だけではなく、中長期的企業価値、つまりSDGsの達成に貢献している企業がESG投資の対象になるという考え方である。経済的な結びつきがより強くなったSDGs経営 / ESG投資は、これまでCSRに取り組んできた企業にとって、さらに戦略性が強くなった取り組みへと位置付けが変わるということだ。
世界全体でみるとESG投資は2016年には2660兆円だった。日本の国家予算が100兆円だとすると、その26倍以上の資金がSDGsを実践する企業に投資されている。
世界最大手の投資運用会社のひとつが2019年2月に2012年から2018年までの投資リターンにおいて、ESGファンドが従来型ファンドを上回ったと発表した。つまり、SDGsを考慮していない企業に投資するよりも、SDGs経営を実践することで持続可能な世界に貢献している企業に投資したほうが儲かるようになった、ということだ。それは消費者が持続可能な世界に考慮していない企業の商品は買わなくなり、持続可能な世界に貢献している企業の商品を好んで買うようになった、とも言い換えることができる。例えば、スターバックスのコーヒー豆は99%がフェアトレード(発展途上国で作られたものを適正な価格で取引することによって持続的な生活向上を支えるための仕組み)、ナイキやGAPは綿製品を数年以内に100%オーガニックコットン(従来のコットンは大量の枯葉剤が使われ、大気汚染、土壌や水質汚染で大きな問題になっていた)で製造する。このような活動により企業のブランドイメージが向上し、消費者から支持され、売上が増加、株が上がり、投資家が儲かるという循環が生まれている。

SDGs経営 / ESG投資施策が加速

日本政府は2016年5月にSDGs推進本部を設置し、様々な取り組みを推進してきた。更に、2018年6月にまとめられた「拡大版SDGsアクションプラン2018」の柱のひとつ「SDGs経営推進イニシアティブ」では、企業の経営戦略等にSDGsを取り入れることを推奨している。その後の「SDGsアクションプラン2019」(2018年12月)、「拡大版SDGsアクションプラン2019」(2019年6月)では、同イニシアティブを具体化しつつ、関連施策を着実に進めるとしている。
経済産業省では、「SDGs経営推進イニシアティブ」を具体化するために、2018年11月に「SDGs経営 / ESG投資研究会」(以下「研究会」という)を設置。研究会では、日本を代表する大企業やスタートアップのCEO、機関投資家、大学の長に加え、ゲストとして国連機関(UNDP)や国際団体の長、GPIF、幅広い経済団体や関係機関、関係省庁等の参画を得て、6回にわたり議論を深め、SDGsが企業や投資家、その他のステークホルダーにとってどのような意味を持つのかを掘り下げ議論が行われた。ポイントは、いかにして企業がSDGsを経営に取り込んでいくか、また、投資家はどういった観点からそれを評価するのかである。
その結果を受けて、2019年5月に「SDGs経営ガイド」、2019年6月には「SDGs経営 / ESG投資研究会報告書」がそれぞれ公表された。

「三方よし」≒「SDGs」

「SDGs経営ガイド」では前提条件として、日本企業の理念とSDGsの親和性について次のように述べている。
近江商人の「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし」の精神にも見られるように、「会社は社会のためにある」と考える日本企業は多い。「三方よし」≒「SDGs」の考え方は多くの日本企業や商慣習と親和性が高い。日本企業にとってSDGsとは、決して舶来の未知のものではなく、企業理念や社訓を礎に、長らく自ずと意識し実践してきた取り組みが別の形で具体化されたものといえる。
会社が世のため人のために存在するという考え方は、「三方よし」や渋沢栄一の道徳経済合一説にもあるように、日本ではもう当たり前の考え方として脈々と受け継がれている。欧米からSDGsとかESGと言われなくても、日本企業はその前から社会課題を捉えて現在の成長を実現してきた。全世界で200年以上続く会社の約半分が日本にあるという事実がこれを証明している。SDGsは、投資家等を意識しなくとも、会社の理念ややるべきことを日本企業の精神で取り組めば、結果として投資家からの評価につながるのではないか。
しかしながら日本企業はPRが苦手であり、実際に海外企業より優れた取り組みをしていても、それを発信してこなかった。多くのベンチャー企業にとっては、企業の設立目的自体が何らかの社会課題の解決を目指したものである。「貧困問題を解決したい」、「地球温暖化を食い止めたい」、そうしたミッションのもとに設立された企業は、会社そのものがSDGsの理念と軌を一にした存在となる。
また、投資家が知りたいのは、企業の過去ではなく、未来における価値である。投資先の企業が語るビジョンは、社会の未来像と合致するものなのか。それを測る物差しこそが、ESGでありSDGsである。
SDGs経営を実践するために必要なポイントは、社会課題解決と経済合理性、つまり、渋沢栄一でいうところの、まさに「論語と算盤」なのである。長期的視点で社会課題解決に取り組み、経済合理性を創り出す、いまだ解決されていない多くの社会課題の存在は、先人たちが経済合理性を見出し得なかった分野がなお残っていることを意味している。視点を変え、コミュニティビジネスや社会起業のようなイノベーションの力をもって未開拓の市場に果敢にアプローチしていくことは、まさにSDGsに機会を見出す「SDGs経営」そのものである。
SDGsは、各プレイヤーに17の目標、169のターゲット全てに焦点を当てることを求めているわけではない。自社が既に取り組んでいる社会課題(マテリアリティ)を特定し、関連の深い目標と関連づけることで、自社の経営資源を重点的に投入することができ、結果として、自社の本業に即した、効率的なSDGsへの貢献が可能となる。つまり、実践への第1段階は、自社が有する経営資源は何か、それをどのようにSDGs(長期的な社会課題解決)に結びつけるか、という「整理」と「紐づけ」なのである。この「整理」と「紐づけ」によって生み出された長期的な社会課題解決プランを「価値創造ストーリー」として描き、外向けに発信することではじめて企業価値が高まり、イメージアップによる販売促進や雇用促進、株価上昇などの企業メリットに繋がり、好循環が生まれることになる。

不動産活用とESG投資

国土交通省でも不動産活用に関連づけたSDGs / ESG投資の検討会中間報告を公表している。中間報告では、不動産におけるESG投資に関して、単なる不動産投資によく見られるリスク・リターンの二元論ではなく、社会へのインパクトという第3の要素を意識する必要があるとした上で、我が国不動産への世界的なESG投資マネーの誘因を目標に、ESG投資対象となりうる国内不動産市場を整えるため、E=環境・社会、S=経済・社会、G=企業・組織にカテゴライズされた各々のレイヤーごとに想定しうる社会課題解決のイメージを記している。
特に、地域経済活性化に寄与するテーマは、S=経済・社会に分類され、公共投資によるインフラ整備や空き家・空き店舗の活用による地域経済活性化などが盛り込まれている。
彦根に照らしてみると、既に当所で取り組んでいる国道8号バイパス早期整備への要望活動や地域交通研究会、空き家・空き町家活用など関連する地域課題解決への取り組みが容易に浮かび上がってくる。その他、彦根においてもSDGs / ESG投資と紐づけできそうな事例を次頁にまとめておく。
今一度、自社の事業内容を振り返り地域課題に向き合うSDGsを整理し、会社の強みとして誇りをもってPRすることをお勧めしたい。今後も積極的に彦根地域の持続可能な開発・活性化に繋がる社会資本投資をお願いできれば幸いである。

彦根版SDGs経営 / ESG投資事例

Case1 中小企業‐オープンセットを製作 県・市と連携し映画等の撮影を誘致

2019年3月、彦根市鳥居本町の約2万平方㍍の敷地に、京都の宿場町を再現した映画の撮影用地「彦根オープンセット」が完成した。基本的に作品ごとにセットは撤去し、次の撮影依頼に応じて新しくセットが製作される。甲良大工の伝統技術が大道具に携わり、地元住民もセット製作やエキストラに参加し、新しい産業や文化が芽生え始めている。
このオープンセットは、当所常議員の山甚建設㈱が、映画制作団体シネマジャパネスクの依頼に応える形で2018年10月に着工した。
俳優岡田准一主演の新選組土方歳三の生涯を描いた映画「燃えよ剣」(司馬遼太郎原作、2020年5月22日公開)の撮影で使用された他、時代劇専用チャンネルやハリウッド映画の撮影にも使われている。2019年は、準備期間を含め映画撮影スタッフと俳優延べ約6000人が市内に滞在し、多くの経済効果があったという。市民情報では、岡田准一やニコラス・ケイジらが近江牛老舗で食事をしている様子や、ビバシティでのショッピング姿が目撃されている。運営窓口のShiga movie laboでは「日常に撮影がある京都のように、彦根を俳優や監督、スタッフの馴染みの店や会社ができるほどの映画撮影のメッカにしたい」ということだ。
地元企業がひとつの地域課題解決のために資本整備を行い、地域経済活性化に寄与したESG不動産投資の好事例であり、今後彦根の街全体が活気づき、更なる飛躍が期待できるものと言えよう。

Case2 産学地連携‐IHBK project 曽根沼干拓地を活用した太陽光発電農園マイクロブルワリーの開発

荒神山の麓に広がる曽根沼の干拓の際、廃棄物投棄場として県が公共利用することを前提に15haの非農用地を確保していた。その後、県の計画が立ち消え、3haは梨園として利用されている。残り12haについては様々なプロジェクトが計画されたもののすべての計画が立ち消え、結果的に20数年間利用されないまま放置されていた。その状況を打破したいという地域住民の思いに応えるため、地域、滋賀県立大学、当所副会頭の㈱橋本建設を始めとした民間企業が産学地連携のもと立ち上がった。
当初IHBK projectと題したその計画は、農産物加工ゾーン:マイクロブルワリー、多目的・交流ゾーン、太陽光発電ゾーンを設け、地域資源を生かし、地域の魅力を高め、何も生み出すことのなかった土地から新しい価値を生み出し、魅力ある社会インフラとして地域へ還元することを目指している。計画のうち、農産物加工ゾーンと太陽光発電に関しては協力的な民間企業の先行投資もあって計画は着々と進み、2020年3月までに許認可申請等を終え、同4月以降に着工を予定している。マイクロブルワリー事業においては2019年11月11日に㈱彦根麦酒を立ち上げ、彦根「らしい」持続可能な麦酒造りを目標に、2020年秋以降醸造開始を目指している。
パートナーシップによって環境的にも経済的にも持続可能な仕組みを生み出そうという試みはSDGs経営そのものであり、その計画実現には、地元企業によるESG投資が一躍買っていることは言うまでもない。

Case3 個人投資家-彦根ルネッサンスハウス(七曲シラン邸)の民泊事業

2019年9月「しがちゅうしんビジネスマッチングフェア当所企画セミナー」において講演いただいたSBI証券執行役員グローバルアドバイザリー部長 シラン・ディアス氏の取り組みも興味深い。同氏は個人投資で彦根の歴史的な街並みが数多く残る七曲仏壇街にある築110年の町家を購入及びリノベーションし、一棟貸しのラグジュアリー層向け民泊事業を営む。
講演の中でシラン氏は次のように語っている。「地方都市に求められることは、実際にお金を生むプロジェクトを実行し、投資に対しての良いリターンを生み出すことが可能な開発型プロジェクトを計画しなければなりません。既存の資源・資産を活用し、新たなPPP(パブリックプライベートパートナーシップ)モデルを利用して地方政府に新たな富、仕事、収入源を生み出す必要があります。近年、外国人観光客はショッピングだけでなく、ユニークな体験を求めています。彦根城や琵琶湖などの魅力溢れるユニークな観光スポットが徒歩圏内にあるコンパクトな街、それが彦根です。私も個人的に彦根のユニークべニューを活用した投資を行っています。これが彦根にとって地域経済活性化のひとつの呼び水になることを願っています」。彦根に地縁のない海外の方が投資というアプローチで彦根のユニークべニューである町家を活用した地域活性化のコンセプトを打ち出し、ESG 投資を分かりやすく体現した事例であろう。