近畿地方唯一彦根工業高校が採択

令和3年度より開始された文部科学省のマイスター・ハイスクール事業(次世代地域産業人材育成刷新事業)は、DXの進展やアフターコロナ社会における産業構造の急激な変化に対応するため、学校と産業界、自治体が一体となって地域の持続的成長に必要な人材の育成を進める取り組みである。「マイスター・ハイスクール」に指定された高校は今年度から3年間、企業や大学と連携し、職業人材を育成するための教育課程開発に向けて文部科学省からの支援を受けることができる。事業終了後は、成果モデルを示して全国各地の産業教育のレベルアップに繋げ、地方創生を加速化させることを目的としている。
この事業に全国から17件の応募があり12件が採択された。近畿地方では唯一、滋賀県立彦根工業高校が指定を受けた。彦根でものづくりのスペシャリストを養成し、「ICT&歴史都市」という未来像の実現を目指す産官学連携の新たな取り組みが始まった。

彦根工業高校の取り組み

滋賀県立彦根工業高校は1920年の創立、昨年100周年を迎えた。「ものづくりはひとづくり」という教育理念のもとキャリア教育を推進し、機械・電気・建設の3学科で約720人の生徒が学んでいる。
マイスター・ハイスクールに採択された事業名は、「変化への挑戦(Challenge for Change)~進取の気性を生かし持続可能な新たな地域産業を共創できる技術人財の育成~」、実施期間は令和3年6月30日から令和6年3月31日までである。 この事業では、「地域に密着し、産業人として活躍できる人財」を育成することを目指す。自分で考え実行する課題解決能力や、伝統産業の技に繋がる基礎的知識、最先端技術の習得を目指す。また、変化をチャンスに転換するチャレンジ精神や郷土愛にあふれた人材を育成することで、地域を活性化させる力を付けることを目的とする。
取り組みの一部はすでに始まっており、県立大学や企業との連携プロジェクトとして、「カーボンニュートラルを学ぶ~バイオ技術と工学技術を用いた環境循環型社会に向けた実験~」がスタートした。これは、ユーグレナという微生物を肥料とした培養土で菜の花を栽培することによってバイオディーゼルを抽出し、燃料として発電機を稼働させるというものである。
次年度以降では、「ブラッシュアップ実習」(2年生)、「プログレス実習」(3年生)と称し、従来の実習や課題研究の枠組みを拡大・進化させ、企業や大学からの講師派遣、また企業や大学への生徒派遣による年間実習など、新しいカリキュラムを計画している。
今後実施される革新的な産業教育カリキュラム開発に向けた取組状況はWebで発信され、2月には生徒による成果発表が行われる。報告書は県内の高校や全国の工業高校へ配布されることになっている。

学習プログラム

1年目 「人間力の向上、技術の習得」
2年目 「起業家精神・最新技術に触れる」
3年目 「成果の普及」

近江マイスター科目

ものづくりの重要性と創造性を身に付け、地域の未来を担う人材の育成を目指す。大学での学習や地域企業の見学、外部講師を招いてのものづくり体験等をする中で課題を見出し、これまでになかったアイデアを創造する能力を育成する。

長期インターンシップ

実践型就業体験を通じて、勤労の尊さや創造することの喜びを体得させ、社会奉仕精神の涵養に加え、企業の求める課題解決をできるような体験とする。

デュアルシステム

彦根地域の産業界と連携し、学校と企業の両方で専門技術を学ぶ仕組みとする。生徒が設定した課題について外部機関の指導を受け学習する。

カンパニー制

生徒に少人数のグループを形成させ、ものづくりやSDGsの取り組みに関する社会貢献の企画をさせる。経営者的な視点を持ち、企画力、リーダーシップ、コミュニケーション力を育てる。クラウドファンディングの活用やコンクールへの参加により、外部からの評価を得る。

マイスター・ハイスクール CEOが語る事業への思い

マイスター・ハイスクール事業では、地元・彦根のものづくり企業からマネジメントを行うCEOとして(株)SCREENホールディングス彦根事業所の青木政義氏が、産業実務家教員(企業技術者)として(株)清水合金製作所の橋岡由男氏が着任。青木CEOに事業への思いを聞いた。

青木政義氏:株式会社SCREENホールディングスは、長年開発部門で企業連携、開発企画業務、管理業務を担当してきた青木氏を「マイスター・ハイスクールCEO」として派遣することを決定した。これまでの知見を生かした実践的なノウハウを提供することで、産官学連携による次世代の人材育成を目指す。

——定年を迎え、生まれ育った彦根の地に何か恩返しがしたい、貢献したいと考えていた矢先に、CEO就任のお話をいただきました。
9月13日に初めて彦根工業高校の教壇へ立ったのですが、真面目で礼儀正しい生徒ばかりでした。彼(彼女)らの大切な未来に繋がる重要な事業です。近畿地方では当校が唯一採択され、彦根・滋賀・近畿の代表として、どのようにすればと悩むことばかりですが、立ち止まってはいられません。これからの計画のための土台作りも大切ですが、既に1年生の学生生活は半分を過ぎており、計画していた企業・大学への実習や見学はコロナの影響で頓挫してしまいました。現状において最善策を取りつつ、同時に今後の事業計画を策定していくことはとても大変ですが、産官学が連携し、生徒や地域の未来のため日々奔走しています。
具体的な今後の取り組みについては、まずSDGsについて生徒たちでテーマを決定し、研究成果を文化祭で発表してもらおうと考えています。学科や学びたい技術も違えば、進学や就職など希望は人それぞれです。進学希望の生徒には近隣大学への研究や授業への参加に加え、選択科目の充実を図り、例えばミシガン州立大学連合日本センターとの交流を月2回ほど行い、生の英語に触れる機会も作っていく予定です。また、従来のインターンシップに加え、社会勉強や高度な技術に直に触れる機会をつくるため、希望者には長期インターンシップを行います。
更に、希望者には生徒のやってみたいという自主性や個性を十分に発揮できる環境作りや、将来のリーダーを育成するため「防災キャンプ」と称した災害時を想定した宿泊訓練も考えています。「防災キャンプ」は、段ボールベッドやパーテーション作成などの柔軟な創造活動や訓練を通して、有事の際には周りの皆を助けるためにリーダーシップを発揮してくれるような存在になって欲しいという私の考えでもあります。もちろん高度な技術を学ぶことも大切ですが、マイスター・ハイスクールを通じて、地元企業ならではの取り組みや熱意、人と人との関わりを知り、様々な貴重な経験をしてもらいたいと思っています。
コロナ禍に加え、ICTやAIなど社会は目まぐるしく変化し続けています。先進的な技術をいち早く社会に実装できる人材の育成には一層力を入れていくつもりです。
この事業では時代の流れを先読みし、常に成長を続けられるような生徒を育てていくことが地域の、ひいてはこの国のためになるはずです。そのためにも、地域社会の皆様には私たちの取り組みや思いを知っていただき、この事業へのご理解とご協力をお願いしたいと考えています。

                   

地元への定着、新産業の創出に向けて

滋賀県における本格的な人口減少社会への移行や就業構造の変化を見据え、地域社会が今後も持続的に発展していくためには、これからの滋賀の産業を支える工業・ものづくり人材の育成と定着が不可欠である。
県内の中小企業において若手の人材不足が問題となっている。今回のマイスター・ハイスクール事業において企業が求めるスキルを身に着けた卒業生の県内就職や起業などに期待が高まっている。そのためには、優秀な人材が地元に定着しやすい環境を作る工夫が必要である。
例えば、インターンシップにより生徒と企業の出会いの場を作り、中小企業の魅力を伝え、卒業後も仕事をしながら学びを続けることができるリカレント教育の充実も求められるだろう。今後のマイスター・ハイスクールをより大きな成果に結びつけるために、産業界と教育機関による協力関係や地域ネットワークの構築をさらに進めていくことが重要である。
また、県内の大学では卒業生の多くが県外に就職する傾向にあり、学生ベンチャーの創出を促すことも地域活性化の課題のひとつである。起業する学生への経営サポートとして、適切なアドバイスを行うメンターの配置や、成功に至らなかった場合の再チャレンジのフォロー体制を整えることが求められている。失敗を恐れず挑戦しやすい環境を整えることで、卒業生の地元定着を促進し、地域の持続的成長を牽引する新産業の創出に繋げていくことが期待されており、産業界が果たすべき役割は大きい。