オーバーツーリズムへの対応

彦根城の世界遺産登録で懸念されるのが、オーバーツーリズムです。世界遺産に登録された日本国内の多くの観光地で、渋滞、騒音などの問題が発生し、地元住民の暮らしが脅かされました。住民の暮らしを守りながら、世界遺産を活かしたまちづくりを行うにはどうしたらいいか。白川郷の合掌造り集落の取り組みが参考になります。

予想を超えた渋滞問題

屋根の形が手のひらを三角形に合わせたような形をしている木造家屋が残る白川村荻町は、岐阜県北部に位置しています。かつては養蚕が盛んでした。第二次世界大戦後、日本国内の暮らしや居住環境が大きく変わるなか、荻町の住民は、集落内の建物や土地を「売らない、貸さない、壊さない」を旨とする住民憲章を定め、合掌造りの残る景観を守りました。その伝統的な景観が養蚕に代わる新たな産業、観光業の途をひらきました。
平成7年(1995)、荻町の合掌造り集落が、隣県の五箇山の合掌造り集落(菅沼・相倉)とともに、世界遺産に登録されました。ちょうどその頃、中京地方と北陸地方をつなぐ東海北陸自動車道の整備が進み、交通が便利になったこともあって、荻町を訪れる観光客が急増しました。約600人の住民が暮らす荻町に、1年間に約180万人もの観光客が押し寄せました。
鉄道のない白川郷に自動車が殺到し、荻町の小さな村営駐車場に入りきれない自動車が集落内の道路をふさぎました。地元住民の中から、正式な手続きをせずに集落内の農地を駐車場に変え、駐車場収入を得ようとする者が現れました。予想をはるかに超えた渋滞問題が、地元住民の暮らしを悪化させ、観光地としての魅力を低下させました。

白川村荻町の合掌造り

渋滞の解消に向けて

荻町の住民の暮らしを守り、観光客に気持ちよく滞在してもらうため、思い切った対策がとられました。自動車の乗り入れ制限です。集落内の小さな村営駐車場を廃止して、集落の近隣地に設けた広い駐車場に観光客の自動車を止めてもらうことにしました。観光客は、駐車場から歩いて、あるいは連絡バスに乗って、荻町の合掌造り集落を観光するようになりました。

せせらぎ公園駐車場(荻町集落の荘川の対岸に設置)

しかし、日本政府のインバウンド政策で荻町を訪れる外国人観光客が急増し、荻町の合掌造り集落を貫く道路が自動車ではなく観光客でいっぱいになるという問題が発生しました。白川村は、新たな対策を講じました。大勢の観光客が押し寄せる冬のライトアップイベントに完全予約制を導入し、受け入れ可能な観光客数を定めたのです。観光客にも、落ち着いた雰囲気で合掌造り集落の観光を楽しむことができたと好評でした。
観光客が来れば来るほど儲かるという感覚がオーバーツーリズムを生みます。地元の暮らしを守り、観光客に落ち着いた雰囲気でその土地の魅力を堪能してもらうためには、対応可能な人数の観光客をお迎えする。それが責任のある、そして、持続可能な観光だと思います。