世界遺産と住民生活の両立

近年、世界遺産が持続可能なまちづくりに貢献しているかどうかが問われています。彦根城の世界遺産登録についても、地元住民の生活を脅かすオーバーツーリズムを抑え、彦根のまちで幸せに暮らしていけるようにするための検討が必要です。
この問題を考えるにあたって参考になる先進地があります。それは、石見銀山の鉱山町としての歴史をもつ、島根県大田市大森町の取り組みです。

大森町のまちなみ

大森町住民憲章の制定

平成19年(2007年)7月に「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界文化遺産に登録されました。約200世帯、人口400人ほどの大森町に、毎日、約70台の観光バスが到着し、約1万人もの観光客が押し寄せるオーバーツーリズムがおきました。地元住民が困惑しただけでなく、観光客からも不満の声があがりました。
世界遺産登録の1ヵ月後、大森町住民憲章が定められました。その冒頭で、「このまちには暮らしがあります。私たちの暮らしがあるからこそ世界に誇れる良いまちなのです」と、地元住民の暮らしを守る決意が表明されました。そして、地元住民の暮らしを守りながら石見銀山を未来に引き継ぐために、1. 歴史と遺跡、自然を守る、2. 安心して暮らせる住みよいまちにする、3. おだやかさと賑わいを両立させるという3つの誓いが立てられました。
大森町は、中国山地の谷間に位置する、自然豊かで、落ち着いた雰囲気の集落です。大森町の住民は、世界遺産登録の効果を、おだやかな暮らしを守り続けることができる程度の賑わいに抑えることを決断しました。自分たちの集落が世界遺産に登録されても、商業主義に走らず、過度な観光化はしないことを決めたのです。集落の入り口に設けられた駐車場には、団体客を運ぶ観光バスは止められません。路線バスか自家用車でやってきた少人数のグループか個人の観光客に、大森町のまち歩きを楽しんでもらうことにしました。

大森町のまちなみ

まちの暮らしを楽しむ

私は、今年の4月、息子を連れて、自家用車で大森を訪ねてみました。大森町の駐車場に車を止めて、赤瓦を屋根に載せた木造家屋が続く大森集落を散策してみました。それぞれの家の軒先の花立てに、きれいな花が生けられているのを見て、「春が来たなあ」と感じていると、地元の女性から、「こんにちは」と声をかけていただきました。大森町の暮らしに共感した私を、お客さんとして迎え入れてくださったのです。地元の方に交じってドイツパンのお店で買い物をしたり、水鉄砲で楽しそうに遊ぶ子どもたちを見て頬が緩んだり、気持ちの良い時間を過ごすことができました。「またこのまちに来たい」と思いながら、大森をあとにしました。
続々とやってくる観光客を迎え入れるために、伝統的なまちなみを壊し、観光バス専用の駐車場や大規模なレストハウスを建設しても、観光ブームは長続きしません。魅力あるまちなみを守り、そのまちの暮らしを地元住民と観光客がわかちあうことを選択した大森町の取り組みは、城下町彦根でも参考になると思います。