目まぐるしく変化する社会情勢に適応するため、「働き方」は一昔前と大きく変わったことは誰もが周知の事実ではなかろうか。事業所の皆様においても時代背景の影響もあり、年代によって働き方に対する考え方が少なからず異なる。
今回は働き方の変遷とそれに伴う法改正・施行の一例をもとに雇用・労務・人事面で今後必要となってくる事業所の対応を、社会保険労務士の吉田幸司氏監修により述べていく。
サラリーマンの歴史と変遷
「会社や組織に勤めて賃金を得る」。現在でも多くの人がこの働き方、いわゆる「サラリーマン」の形態で働いている。この概念ができたのは「大正バブル」と呼ばれる1915年からの5年間である。この働き方は現代においても依然として主流で、昭和に入ると国による「職場の固定化」、「企業の競争力の強化」を図るため、企業は定期的な新卒者の採用と、長期的な労働を見越した人材育成を行うようになり「終身雇用」という考え方が定着した。 1947年には労働条件に関する基準である「労働基準法」が施行され、その後の法改正により1日8時間労働、週休二日といった今では当たり前の概念が平成に入り確立された。その後のバブル景気で働けば働くほど見返りがあった時代があり、バブル経済の崩壊後は、勢いのあった企業や名門企業でさえも次々に倒産し、「就職氷河期」が到来し、終身雇用の考え方も変化してきた。
多様な働き方の出現
近年になり、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少、育児や介護との両立、技術革新、人々の労働への価値観やライフスタイルの多様化を背景に働き方が変化することとなった。中でも2019年4月以降から本格的に導入された「働き方改革」の推進により雇用や就業形態が複雑化し、2020年初頭からは新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークの導入など多様な働き方が増えるきっかけの一つとなった。
雇用にあたる働き方としては、これまでの正社員や非正規社員といわれるパート・アルバイト、有期契約者に加えて「短時間正社員」、「週4日勤務(週休3日)社員」等も出現し、併せてそれに伴う法整備も進んでいった。
また、このような多様な働き方に伴って、事業主と従業員間で必要となる手続きも、これらの法整備により徐々に複雑化している。
労働者への雇用条件の明白化が求められる
今年に入り「労働基準法施行規則」と「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」が改正された。これに伴い、2024年4月1日より労働条件の明示事項等が変更された。
この改正により全ての労働者に対する明示事項、有期契約労働者に対する明示事項等がより細分・明白化された。(詳細は図1)
有期・無期に関わらず、全ての労働者の雇用に関係する法改正であるため、注目すべき内容といえる。
フリーランスという働き方の浸透
雇用にあたる働き方が多様化する一方で、雇用とは別の働き方も昨今目立つようになってきた。兼業・副業をしている労働者の中でも、一方を雇用ではない働き方にしている人も少なくない。このように雇用ではない働き方の一つ、いわゆる「フリーランス(特定受託事業者)」という働き方の形態は近年 広がり続けており、特にデジタル社会の進展に伴う新しい働き方の普及(いわゆるギグワーカー、クラウドワーカー等)は、フリーランス人口の増加をより加速させた。
一般的な言葉となっている「フリーランス」であるが、実際どのような人々のことを指すのだろうか。今秋施行されるフリーランス新法の対象者であるフリーランスの定義については、「業務委託の相手方である事業者で、従業員を使用しない者」となる。このように記載するだけでもフリーランスにあてはまる人は意外と多いことがわかる。本稿を読んでいただいている事業者の皆様の中にもフリーランスと関わっておられる方もいるだろう。もしくは、他社から業務を委託されている場合などは、逆に事業者の皆様自身がフリーランスに当たるかもしれない。フリーランスという言葉は意外と身近にあると言えよう。
2024年11月、フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)施行へ
今日までフリーランスへの業務委託は雇用下にある従業員とは異なり、法整備があまり進んでいなかった。実態調査(令和3年 内閣官房ほか)では、フリーランスの約4割が報酬不払い、支払遅延などのトラブルを経験、また、記載の不十分な発注書しか受け取っていない、そもそも発注書を受領していないというような実態が明るみになった。これらは「個人」である受注事業者は「組織」である発注事業者から業務委託を受ける場合において、取引上弱い立場に置かれやすいことによるトラブルと考えられる。この発注事業者とフリーランスへの業務委託に係る取引全般に関連する規律を設けることで、フリーランスに係る①取引の適正化、②就業環境の整備を目的とし、フリーランス新法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)(詳細は図2)が整備され2024年11月に施行されることとなった。
本法律では主にフリーランスへ業務を委託する事業者における遵守事項や、取引状況の明示に関する規定が詳細に定められた。発注事業者側に対する義務や禁止行為等は受発注双方の取引実務に与える影響が大きく、重要な法施行といえる。
内閣官房新しい資本主義実現本部事務局,公正取引委員会,中小企業庁,厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)【令和6年11月1日施行】説明資料」(令和6年6月版)より
雇用を取り巻く法改正は他人事でない
直近で改正・施行される法律を例に多様化する働き方について述べたが、これらに関しては各所で周知が図られている。しかしながら地域事業所においては変更そのものの認知度はある程度高いが、内容や実際の対応については浸透しきれていないのが現状である。法改正を認知しておらず労使トラブルとなり、裁判にまで発展する事例も少なくない。
事業主にはこれら複雑化する法整備やそれに伴う手続きの多様化に対し、事前の認知および対応が今後さらに求められるだろう。
法整備に対して自ら備える
ここまで、吉田社労士監修のもと、多様化する働き方を踏まえた法整備について解説してきた。複雑化する雇用に関しての法改正や新法について馴染みを持たれている事業者は少ない。一方、今後深刻化する我が国の人材不足への対応の観点でも、事業主が労働者を取り巻く法律に敏感であることはますます必須となってくる。
彦根商工会議所では11月6日(水)に「労働条件明示事項の変更とフリーランス新法対策セミナー」と称し、今後、従業員を雇い入れる際の雇用契約上のポイント、フリーランスに業務委託する際のポイントを法改正の観点から専門講師が丁寧に説明する機会を設けた。会員事業所の皆さまの雇用・人事・労務面での良きエッセンスとなれば幸いである。