11月より、沼尾護会頭の2期目がスタートする。10月21日、滋賀中央信用金庫本部応接室において、会頭就任にあたり、1期目を振り返り、2期目への思いや今後の展望について話を聴くことができた。

1期目を振り返って

「この3年間は前会頭が9年間かけて築かれた体制をしっかり守っていくので精一杯だった、というのが正直な実感です」。沼尾会頭は静かに話はじめた。就任された3年間は激動の時代だった。長引くコロナ禍に加え、ロシアによるウクライナ侵攻を契機とした世界的な物価高騰、そして深刻化する人手不足。地域経済を取り巻く環境はかつてないほど厳しさを増していた。
中小企業の現場では、コロナ禍の打撃からようやく立ち直りかけたところに、原材料費やエネルギー価格の高騰が追い打ちをかけた。価格転嫁が進まない事業者は多く、厳しい経営を強いられているのが現状だ。
「事業所の皆さんにとって、国や県の補助金・助成金は事業継続のための生命線ともいえます。情報提供や採択率の向上といった事業所に対する支援体制を強化することが喫緊の課題です。今後、会員事業所の皆さんがこうした支援制度を最大限に活用できるよう、会議所としてのサポート体制を強化していかねばなりません。そのためには、最前線で相談にのる職員のスキルアップが不可欠です。申請書の作成支援から採択後のフォローまで、より質の良いサービスを提供できる体制を整えたいと考えています」。厳しい現状認識に立ちつつも、沼尾会頭の視線は常に未来に向けられている。

未来を拓く3つの羅針盤「できない・やらない」から「利益を生む」への意識改革

今後の地域経済を活性化させるための3つの羅針盤として、会頭は「健康経営の推進」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「カーボンニュートラル」という3つのキーワードを挙げる。一見、中小企業には縁遠いテーマに聞こえるかもしれない。しかし、会頭は「これらこそが、これからの時代を生き抜くための利益追求に直結する」と語る。

健康経営の推進

昨年の厚生労働省の発表では、日本人の平均寿命は女性87.13年、男性81.09年となり、女性は40年連続で世界1位を維持している。一方で平均寿命から健康寿命を差し引いた「日常生活に制限のある期間」、いわゆる「不健康な期間」は、男性で8.49年、女性で11.63年と乖離がある。この差は縮小傾向にあるものの、依然として男性で約8.5年、女性で約11.6年の期間、何らかの健康上の問題を抱えながら生活していることがわかる。
こうした社会的な課題に対し、経済産業省では「健康経営」を日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つとして推進している。また、平成28年度には「健康経営優良法人認定制度」を創設。これに取り組む法人を見える化することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業」として社会的に評価を受けることができる環境を整備している。
一見厚労省の管轄にも思える「健康経営」について経産省が強力に推進しているというのは、それが日本経済全体の持続的な成長に不可欠な「投資」であると位置づけているためだ。

※企業が健康経営に取り組むメリットや重要性は、『不易流行』2024年5月号参照
会社の健康状態が重要視される時代へ

「健康経営」については、深刻な人手不足の解消の糸口となり得ると会頭は語る。「中小企業が新卒を採用するのは非常に難しい時代です。ならば、今働いてくれている従業員や、経験豊かな高齢の方々にいかに長く、元気に働いてもらうかが重要になります。そのためには、企業が従業員の健康に投資する『健康経営』という視点が不可欠です」。日本の平均寿命は世界トップクラスだが、健康的に自立して生活できる期間を示す「健康寿命」との間には、約10年の乖離がある。このギャップを埋めることが、個人の幸福だけでなく、企業の生産性向上にもつながるのだ。

「DX」・「カーボンニュートラル」

次に掲げるのが「DX」と「カーボンニュートラル」だ。GX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みの1つとして、各国でも様々な政策を打ち出しているところだが、日本、特に滋賀の中小企業はこの分野で遅れをとっていると会頭は指摘する。
「DXが進まない一番の理由は、“現状でもなんとか仕事が回っているから必要ない〟という意識があるからです。しかし、これから労働人口がますます減少していく中で、労働生産性を上げなければ企業は立ち行かなくなります。DXは、そのための最も有効な手段なのです」。同様にカーボンニュートラルも、単なる環境問題として捉えるべきではないと会頭はいう。「カーボンニュートラルと聞くと、コストがかかる環境対策というイメージが強いかもしれません。しかし、これも中小企業にとっては“利益を追求する”ための大きなチャンスだと捉えることができます。例えば、工場の照明をすべてLEDに切り替える。これは省エネになり、電気代というコストを大幅に削減できます。つまり、企業の利益に直接つながるのです。古い設備を最新の省エネ機器に更新することも同様です。こうした設備投資には手厚い補助金も用意されています。地球環境に優しいからやるのではなく、自社の利益のためにやる。事業所の皆さんは立ちふさがる課題の解決で精一杯なことももちろん理解しています。長い目で見た時に皆さんにとって利益となることを分かりやすく説明したり、サポートしていくのが会議所の大きな役割(使命)なんですね」。会議所は変化に柔軟に対応できるよう研鑽に努めながら、質のよいサービスの提供を図っていかなければならない。

世界遺産登録と彦根の新たな産業

彦根の未来を語る上で欠かせないのが、彦根城の世界遺産登録である。2027年の登録は見送られたが、会頭はこれを前向きに捉えている。「世界遺産登録には課題も多々ありますが、準備期間が1年増えたと捉え、万全を期すべきです。世界遺産登録が実現すれば、彦根は『観光』という新たな産業の柱を確立できます。観光業が本格的な産業として成り立ち、宿泊施設や関連サービスが充実すれば、新たな雇用が生まれ、人が集まる町になる。その期待は非常に大きいですね」と述べられた。今後世界遺産に登録されればインバウンドの観光客もおのずと増える。DMOである(一社)近江ツーリズムボードも含め、行政ともしっかりと連携して取り組んでいかなければならない。
就任以来、力を入れて取り組んできた『創業支援』や『経営支援』について会頭は「今後も様々な組織や団体、行政と連携し、地域に根差したビジネスを育てていくことに注力したいと考えている」という。物価高騰や人手不足など、事業を取り巻く環境では暗い話題やニュースも少なくない。しかし、会頭が「3つの羅針盤」で語られたように、コストや課題と捉えられてきた事柄も、利益を生み出すチャンスとして視点を変え捉え直す。今あるものを最大限に活かし、未来への投資へと繋げていく。変化の時代を乗り越えようとする全ての事業者にとって、捉え直した事柄は、明るい未来を切り拓くための道しるべとなるに違いない。


健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することを指す。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されている。

健康経営への取り組みのメリット

社外への有益なアピールに

日経新聞社の「働き方に関するアンケート」によると求職者が働く職場に望むものとして「心身の健康を保ちながら働ける」が最も上位に挙がっている。さらに働き口が「健康経営」に取り組んでいるかどうかが就職先選定の決め手となるかという問いに対して「もっとも重要な決め手になる」、「重要な決め手の一つになる」と回答した割合は約6割である。
これらは、健康経営の具体的な取り組みに関心を寄せる求職者が増加していることを裏付けており、健康経営への取り組みは採用申込者数を増加させると言い換えることもできる。また、健康経営に結び付く多様な取り組みは、人材不足が問題化している多くの業界において、その解決方法のひとつとなりうるだろう。

生産性の向上、取引先・消費者からの信頼獲得

「人材の流出」の問題に関しても健康経営への取り組みによる効果が期待できる。
経済産業省の調査によると、健康経営を実施している事業所はそうでない事業所と比較し、離職率が低い傾向にあるという。このように、職場の風土改善、従業員の満足度向上による人材の流出を防ぐことが期待されるため、ビジネス面においても従業員の生産性の向上をはじめとした業績向上効果も望める。

経営上有利な加点要素に

中小企業向けの各種補助金制度では健康経営優良法人の取得をインセンティブの対象としている。例としてものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金では健康経営優良法人への登録を評価の加点項目としている。
また、日本政策金融公庫では融資制度における利率の優遇等の措置も行っている。企業イメージや生産性の向上といったもののみでなく、健康経営への取り組みは中小企業の経営上有利な加点要素ともなりうるのだ。