DXとはデジタルトランスフォーメーションの略である。近年ニュースなどでもよく耳にされる方もおられるだろう。日本語に訳せば「デジタル化によって、事業構造・業務プロセスにおいて大幅な改革を行うこと」である。DXは政府目標Society5.0の一角を担う重要項目だ。しかし足元を見れば、具体的にIT化やデジタル化、IoT、AI、5Gなどデジタル関係用語が乱立する中、それらとどう違うの?結局同じでしょ?まったく意味が分からん、など多くの方が判然としないモヤモヤを抱えているのではないだろうか。経済産業省曰く、DXの「2025の崖」というものを乗り越えなければ日本経済には12兆円規模の機会損失が待っているという。逆の見方をすれば、12兆円規模のビジネスチャンスがあるということだ。当所IT推進研究会でも彦根版情報プラットフォームを作るべく検証が行われている。そういった意識が高まろうとしている矢先に、現在新型コロナウイルス感染拡大に端を成す世界恐慌コロナショックが勃発した。各国とも感染拡大防止策を講じた結果、感染スピードが一時期よりも緩やかになり、徐々に経済活動自粛を解除する動きも出てきている。我が国でも3月に緊急事態宣言が出され、これまでの間、感染拡大を防ぐためのデジタル化の波、つまり急激なDXを体験された方も多いのではないだろうか。例えばテレワーク、WEB会議、クラウドによるリモート化、キャッシュレス化、EC(ネット通販)など、これらはすべてDXへの一歩である。しかし経済活動自粛解除は段階的なものであり、世界的に人類はこの新型コロナウイルスと共存していく、つまり自粛をできるだけ影響のない範囲で続けていく道を選ぼうとしている。今回は、アフターコロナにおいて益々必須となりつつあるデジタル化、完全体へのガイドライン「DX」とはいったい何なのか、前回の概要編を踏まえて具体的な事例をもとに整理したい。

中小企業でもできるDX

政府の「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」では、中小企業はこのDXをどう実践していけばいいのか、自前でDXを成功させた中小ものづくり企業の事例も紹介している。DXがいかに重要だと言われても、うちの会社には何百万、何千万円もかけてIT投資をする余裕はない……。こう考える中小企業の経営者は少なくない。しかし、数万円程度の自前IoT化で生産性を大きく向上できるとなれば、試したいという方も多いのではないだろうか。中部地方の自動車部品メーカーA社は、大手取引先から増産を依頼された時、新たに生産ラインを増設するのではなく、データを活かした稼働率の向上で生産性を上げようと考えた。より正確なデータを取得するために、これまで製造ラインの担当者が行っていた生産データ測定を、IoTを活用した自動モニタリングに変更。市販のシステムは価格も高く、自社の設備に合うものも見つからない。同社は自前のIoT化を行うことを決めた。同社が秋葉原でまず購入したのは、一個数千円で購入できる教育用コンピュータ「ラズベリーパイ」と、数十円の光センサ、数百円の磁気センサなど。
「ラズベリーパイ」は、小学生が夏休みの自由工作に使ったりしているもので、これを簡易IoTに活用しようという動きが世界中で広がっている。同社ではこのセンサとコンピュータを生産設備に連結し、プログラミング学習をしながら自分たちでシステムを組んでいった。
1万円代からのDXの始まりだ。最初は一つのラインで、生産数やラインの停止時間を正確に把握することからスタート。その結果をもとに、停止時間を短くし、サイクルタイムも圧縮できるよう対策を行い、成果を他ラインにも広げながら生産数を大きく増加させていった。現在ではシステムをさらに拡張し、AIの導入も検討。品質を落とさず納期も大きく短縮することができた。
教育トイとして生まれた「ラズベリーパイ」は、いまや産業用のコンピュータとしても大活躍している。工場の生産ラインのモニタリングや、ネットワークの監視など、さまざまなシーンで活用されている。必要なデバイスとラズベリーパイを組み合わせ、独自のプログラムを組むことで、既成のシステムを導入しなくても、低価格で自由度が高く、頑丈なシステムを開発できるというわけだ。

ラズベリーパイ

DX、最初の一歩

DX化に必要な要素を整理するとIoT(センサー等による膨大なデータを収集する方法)、ビッグデータ、AI(分析ツール)、スマート端末、ロボティクス、クラウドなど。小規模事業者であれば、事業に必要な範囲で必要なサービスを使えばいい。
クラウドであれば、Googleのマイクロサービスは無料で使え、Appleユーザーはiソリューションの利便性が高く、AmazonのAWSは有料だが機能が豊富、自動更新されアプリは常に最新で日々益々便利になっている。PC・スマホ連携もお手の物だ。国内勢であればオフィスはサイボウズ、NECのStar Office、予約管理・決済はRESERVA、リクルートのAirソリューションなど、さまざまな機能別クラウドサービスが乱立状態である。
新たなデジタル技術を活用して、どのようにビジネスを変革していくかの経営戦略を明確にしたうえで、前号特集のサン・シモン主義ではないが、「安価(無料)」「大量」「良質」の3要素を満たす、クラウド、マイクロサービス、AI、スマート端末、IoT機能を選択すればいい。
すなわち、現パブリッククラウドのグローバルプレイヤーのGoogleやAppleのソリューションやAmazon AWS、海外製品が心配なので国産をということであれば、リクルートのAirソリューションやサイボウズ、その他ということになる。プロモーション重視であれば、Facebook、LINE等のサービスがいいのかもしれない。パブリッククラウドであっても自社の蓄積データは利用することができるし、戦略にも役立つ。あわよくば、利用するサービスにより、ビッグデータをAI分析した情報が提供されるかもしれない。もちろんそれらは業務の効率化にも大いに貢献し、事業所の利益を最大化させるに違いない。 以上のように営業形態により必要な機能は異なり、インターフェイスの好みなど考慮すると組み合わせは無限大となる。   当所においても彦根版の第3のプラットフォーム※1を作る動きがIT推進研究会を中心に検討されている。同時並行で事業所単位のDXに対応するにはITに触れる機会が少ない方々にとってハードルが高く、DXに関わる情報を集約した専門のコンサルティングが必要になる。これを本格的に支援するのであればDXに役立つクラウドサービスの情報を集めた上で、相談メニューに加えるか、キャッシュレス決済も包括したDX相談窓口などを設置した方がいいのかもしれない。急がれる彦根地域全体のDXオペを行う道程は長く険しいに違いないが、アフターコロナの都市間競争に生き残るためには、喫緊の課題として取り組まなければならない。

※1 第3のプラットフォーム
第3のプラットフォームとは、「モバイル」「ビッグデータ」「クラウド」「ソーシャル」の4つの要素で構成される新しいテクノロジープラットフォームのことで、米調査会社IDCが2013年頃から提唱しているコンセプト(4つの構成要素にIoT(Internet of Things)も加えた5つの構成要素という議論もある)。「第3の」ということは、「第1」と「第2」があり、第1のプラットフォームは「メインフレームと端末」、第2のプラットフォームは「クライアント・サーバー」と定義されている。IDCは、この第3のプラットフォームによって今後のIT市場が牽引されていき、数々のイノベーションをつくりだしていくだろうと予測している。