新型コロナウイルスの猛威は依然留まることを知らないものの、事業活動はNew Normalのもと徐々に再開しているように見える。9月の連休にはGo To キャンペーン開始の影響もあり、観光地に観光客が押し寄せ、各地の高速道路が大渋滞となった。10月にはGo To Eatが始まり、飲食店へ徐々に客足が戻ってきた。にもかかわらず、感染者数は横ばいで、急激に増加する様子はない。インフルエンザと新型コロナのダブルパンチを懸念する時期もあったが、その懸念は専門家の見解では全く見当違いのようだ。しかしその緩和ムードや感染状況の落ち着きもマスクや消毒、3密回避など新しい生活様式 New Normalがより生活や事業活動に定着してきた証拠と言えるのかもしれない。未知の恐ろしい厄災、から、対策さえしていれば、それほど恐れるものではない、と消費者の意識が変化してきているのではないだろうか。  我々経済界が向かうべきはどの方向だろうか。前回の特集では、コロナ禍をきっかけに消費者はいよいよNew Normalでも体験したい物事へ集中し、本質へ導かれる時代になりつつある、と締めくくった。まさに「価値」におけるカオス理論のスクラップ&ビルドが起こりつつあるのだろうか。  今回の不易流行特集では、前号に引き続き、もはや新しい価値になりつつあるNew Normalのオフィス編と題して、業界の新型コロナ対策業種別ガイドラインと合わせ、事業再開するためのNew Normal Standardの一部を紹介したい。

※New Normalとは

もともとNew Normalという言葉は、リーマンショック後に起きた変化に対して、非日常が新しい常態になるという文脈で、米ベンチャーキャピタル エレベーション・パートナーズのロジャー・マクナミーやパシフィック・インベストメント・マネジメント (PIMCO)のモハメド・エラリアンによって提唱された概念である。当時、日本語としては「新たな常態」、「新常態」と訳されていた。コロナ禍と共通するのは、「かつての日常に戻ることができない」という点である。

具体的なNew Normal【オフィス編】

オフィスのコロナ対策アップデート

既に、彦根の各企業においても、換気や座席の間隔を確保するなどウィズコロナ対策が推し進められたに違いない。当所においても様々な対策を講じてきたが、万全を期するためには常にオフィスのアップデートを怠ってはならない。
オフィス家具大手「オカムラ」が提示した『アフターコロナにむけたワークプレイス戦略』は、 オフィス作りの経験を活かし、危機に負けないレジリエントな社会を作るために公開したレポートだ。エマージェンシーコロナ・ウィズコロナ・アフターコロナの3つのフェーズの戦略の他、「安全・安心なワークプレイスのためのデザイン」として、働く場所を安全に保つための対策を5項目に分類し、具体的に紹介している。

  1. 距離・位置を保つ
    ソーシャルディスタンス(2m)を確保できるようにレイアウト、座る位置や向きに配慮して密集・密接を防ぐ。座席を間引いて隣席と距離を確保。座る向きを変えて対面を避ける。可動式家具の採用。位置情報検知システムを導入し在席状況をリアルタイムで可視化。通路を一方通行にして、人同士のすれ違いをなくす。共用スペースは分散配置。

  2. 仕切る
    人との距離や向きで対処できない場合はパネルなどで物理的に隔てることにより、 感染リスクを抑制する。デスクトップパネル、スタンドパネル、ヘッドパネルなど状況に合ったパネルを設置し、ウイルスの飛沫飛散を防ぐ。さらに従業員1人が集中して作業できるブースの設置は、Web会議や電話時の飛沫飛散防止に役立つ(使用前後は十分な清掃、 換気が必要)。

  3. 接触を減らす
    ハンズフリー技術の採用やデジタル化などにより、なるべく手指で触る場所やものを減らす。顔認証システムを採用し、カードタッチなどの接触をなくす。自動ドアを設置し、ドアノブ等のタッチポイントを減らす。ペーパーレス化の徹底。ロッカーを完全に個人専用にする。

  4. 清潔を保つ
    頻度や範囲の見直しを含め清掃を徹底することが重要。抗ウイルスの内装など機能性素材の採用。定期的な換気や空気清浄機等の設置により空気浄化に配慮する。

  5. 運用・ルールの対策
    物理的な対策とともに運用、ルール、制度等の見直しも行うことでより大きな効果が期待できる。オフィスへの出社を抑制し(テレワーク化など)、出社人数の分散化をはかる。シフト制の勤務形態により出社人数の集中を抑制する。フレックス勤務や時差通勤により、通勤時の混雑を避け、感染リスクを低減する。Web会議の利用促進により、出張の移動時や対面での会議による感染リスクを抑制する。座席を事前予約して利用するホテリング運用。座席のグループアドレス(グループ単位の利用)運用。

働く場所を安全に保つための対策5項目の内容は、人が介在するあらゆるシーンに丁寧に感染対策を施すことを提案している。さて、自社の感染対策を振り返ったとき、どの程度できているだろう。事業所の規模にもよるが、オフィスで過ごす人々にとっては、何をどのようにアップデートしていくべきかのヒントになるに違いない。

テレワークは苦手?

前述の「アフターコロナにむけたワークプレイス戦略」でも触れられていたテレワーク。新型コロナウイルス感染症感染防止対策の一環として急速に進んでいる。ベンチャー企業におけるテレワーク導入率は、2020年3月と同年7月を比較すると13%→36%に上昇(デル株式会社・EMCジャパン株式会社による共同調査より)。オフィスを解約する企業も増加しているようだ。パソナグループはコロナ禍を機に本社機能を東京から淡路島に移転した。本社機能の分散によるリスクヘッジと経費節減を目的にしているのだろう。また、日本政府は働き方改革におけるコンセプトを進展させる絶好の機会として費用対効果の高いテレワークを推奨している。
当所会員事業所におかれても、テレワークとの親和性が高いにも関わらず対応できていないケースがあるのではないだろうか。アフターコロナの社会では、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関心のない事業所は競合他社に取り残される可能性が大きい。
テレワーク対応の遅れは、「資金的な余裕」「ITリテラシーの高い人材の不足」「業務フローの改革」などの課題を抱えていることが多い。コロナ禍の急激な変化により、オフィスでは様々な摩擦が生まれている。ITツール活用の苦手意識からテレワークに拒絶反応を示す人が多いのも事実だ。しかし、もはや破壊的大変革ともいえるNew Normalの潮流を押し留めることはできない。オフィス改革の課題解決はNew Normalへのイノベーションなのである。もはや、「苦手だ」などという理由が通用する時代ではないのかもしれない。

テレワーク導入と課題

テレワークには、大きく分類すると「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務」の3つのスタイルがある。事業所に適した導入をワークフローと共に構築する必要がある。厚生労働省のテレワークポータルサイトに掲載されている「テレワーク形態」「職種」及び「企業規模」によって8つのモデル類型を設定した上で、モデル類型共通の知識・ノウハウ、モデル類型ごとに留意すべき知識・ノウハウを盛り込んだ「テレワークの導入・運用ガイドブック」はテレワーク導入検討企業が最初に参照すべき冊子である。テレワークによって得られるメリットが主従で異なり、その違いを理解することができるようになっている。

一方で、テレワークの導入の課題も明らかになっている。セキュリティリスク・勤務実態の不透明性・人事評価の難しさ・コミュニケーションの希薄化などである。
2017年アメリカのIBMやヤフーのテレワーク廃止が報じられ話題になったが、コミュニケーションの希薄(チームワーク不足)、在宅勤務者との信頼関係や評価システムなどが原因となっていた。この年はテレワーク変革期にあり、「日本企業におけるテレワーク導入に関する考察」(高場・吉田、2017『情報知識学会誌』Vol.27,No.2)の論文が発表されている。主題の阻害要因と既存ITツールに注目し、適応可能なテレワーク導入方法を考察している。論文中、「これまでは均一的な価値観や属性を持った人々が、同じ場所で顔を合わせて働くのが当たり前であった。しかしこれからはネットワークで繋がったオープンでバーチャルな環境の上で、多様な属性や価値観を持つ人々と仕事をすることがより一般的になっていくと考えられる。さらに中心的な働き手となる若年層は、ワークライフバランスや働き方の柔軟性を重視する傾向にあり、優秀な人材を確保したい企業にとっては柔軟な働き方のオプションを提供することが急務となっている」と書かれているのは印象的である。
徐々に進んでいくだろうと思われたテレワークだったが、状況はコロナ禍で一変したのだ。
例えば、2020年7月15日、2017年にテレワークを廃止したはずのヤフーがコロナ禍を機に態度を反転させた。「ヤフー株式会社は、2020年10月1日より、時間と場所に捉われない新しい働き方へと移行します。新しい働き方では、リモートワークの回数制限およびフレックスタイム勤務のコアタイムを廃止します」「さらに、社会の新常態(ニューノーマル)を見据えた「オープンイノベーションの創出」を目的に、ヤフー以外で本業に従事する方の副業先としての受け入れを開始します。ヤフーを副業先として、当社に参画いただくことで、従来では交わる機会が得られなかった人材とともに、新たな事業やサービスにつながるイノベーションの創出を目指します」とプレスリリースを発したのだ。
新常態(ニューノーマル)を見据えた「オープンイノベーションの創出」は、地方の小さな企業であっても世界中から有能な人材を集めることができる。グループウェアやチャットシステム、ビデオ会議などのテクノロジー進化がそれを可能にした。コロナ禍において対面での会話やミーティング対策として安全・安心を確保する臨時的なものとしてではなく、真剣に取り組む必要があるだろう。
本誌において、「New Normal Standard」とは、清潔と安全を保障する「安心」の確保が当たり前になる状態と定義した。地域間競争においてもビジネスにおいても「安心」の確保は今後大きな差別化の手段となるだけでなく、オフィスのNew Normalへのイノベーションはビジネスチャンスでもある。
論文中の「中心的な働き手となる若年層」、デジタルネイティブのミレニアム世代・Z世代については、次回【小売店編】の後、改めて特集することにする。実は、デジタルネイティブのトップは1982年生まれである。デジタルネイティブを取り上げること自体が、既に周回おくれなのかもしれない。
オフィスの働き方と言えば、9月3日に当所主催で開催されたオンラインセミナー大手SCHOO人気講師 石川和男氏による「仕事の効率が劇的に変わる 時間管理術」では、使う側も使われる側も「時間は時給で換算してみる」という話があった。例えば、通勤時間で換算すると、毎日家を出てから電車に乗って職場に着くまで45分であったとする。これがテレワークの在宅勤務になれば、月平均出勤日数20日、年間240日、0.75時間×240回で180時間が消滅し、時給2,000円だったとすると、自分の時間が年間36万円分節約されたことになる。22歳で就職し、65歳でリタイヤしたとすると、さらに43倍。。。なんと1,548万円分にもなる。節約時間と浮いたお金で家が建ちそうだ。さらに20人の職場であったとすると職場全体で20倍、3億円分の時間を費やしていたことになる。これでは会社が設立できそうである。働き方改革やコロナ禍テレワーク以前の低次元の話だがサービス残業なども同様に換算できる。「New Normal Standard」とは、「安心」を確保すると同時に、時間の有効活用や費用対効果という莫大な間接効果も期待できるのである。コロナ禍を機に意思決定の土俵に乗せるぐらいの価値はあるのではないだろうか。