私たちは、今、彦根城の世界遺産登録を目指して取り組みを進めている。1992年に世界遺産の候補となってから、長らく足踏み状態が続いていたが、近年の検討作業の前進により、登録への道筋が見えてきた。目標は2024年。世界遺産登録は、遠い未来の夢物語ではなく、近い将来に実現可能な目標となっている。
私は、2015年から彦根市で世界遺産を担当し、昨年度から滋賀県庁に出向して、世界遺産登録に必要な「推薦書」の執筆を担当している。この連載では、担当者の立場から、世界遺産登録の意義や私たちが主張しようとしている彦根城の世界的な価値について、読者の皆様にお伝えしていきたい。

2021年3月に文化庁へ提出した推薦書原案

人類の歴史の1ページ

世界遺産登録とは何かと問われたら、私は、「人類の歴史の1ページに刻まれることである」と答える。 現在、全世界で1,121件の世界遺産が存在する。私たちは、世界遺産リストに記された、その一つひとつを見ることで、人類がこれまで歩んできた長い歴史や、世界中の国や地域で育まれてきた多様な文化を知ることができる。
たとえば、彦根城と外国の城郭や宮殿を比べると、その構造が大きく異なっており、政治や社会の違いを反映していることが分かる。中東では城塞よりもモスクが都市のシンボルになっており、イスラームが社会で重要な位置を占めていることが分かる。気候や風土によっても、建物のつくり方は大きく違う。このように、私たちは、世界遺産を学ぶことで、世界の多様な文化を知ることができる。
これらの遺産には、優劣がない。たとえば日本の文化財では、重要文化財の中で特に価値の高いものが国宝に指定されるが、世界遺産にはこのようなランク分けがない。1,121の世界遺産は、全て等しく世界遺産なのである。また、世界遺産は観光地の格付けのためのものではなく、観光地としての人気や知名度は、遺産の価値とは関係がない。知名度の高いヨーロッパの宮殿や大聖堂も、あまり知られていない少数民族の集落も、その価値に優劣はなく、それぞれが固有の価値を持っているのである。
一つひとつの世界遺産がいわば「人類の歴史の1ページ」となっていて、私たちは、そのページをめくることで、世界中にあるかけがえのない遺産を知ることができる。それぞれの遺産の価値を知ることは、お互いの文化を尊重する気持ちにつながる。文化を尊重することは、人間を尊重することである。このように、世界遺産とは、世界中の人々がお互いの歴史や文化を知り、尊重し合うことで、平和な世界を築くためのものなのである。
彦根城を世界遺産に登録することは、私たちがその一員に加わるということを意味している。

彦根城全景

顕著な普遍的価値

一つひとつの世界遺産が持っている、「人類の歴史の1ページ」としての価値のことを、「顕著な普遍的価値」(Outstanding Universal Value、略してOUV)という。世界遺産に登録するには、その遺産を持つ国が推薦書を作成して、OUVがあることを証明しなければならない。それが諮問機関(イコモス)に審査され、年に1回の世界遺産委員会で認められれば、晴れて世界遺産リストに加えられる。
私たちが取り組んでいる、彦根城の世界遺産登録のための検討作業は、彦根城のOUVとは何かを導き出す作業である。 導き出される彦根城のOUVは、これまで語られてきた彦根城の説明とは異なる、新しい物語になるだろう。それが世界遺産リストに登録されれば、「人類の歴史の1ページ」としての価値を認められたことになる。彦根市民だけでなく、日本人だけでなく、人類が記憶すべき価値があるということになる。彦根から世界へ価値を発信するのである。
彦根城が世界に発信する価値は、彦根のまちづくりの方向性を示す指針になる。そして、このまちに住む私たちにとって、将来にわたって大きな誇りとなるに違いない。
では、彦根城のOUVとは何なのか。私たちは世界に向かってどのような価値を訴えようとしているのか。それを次回から詳しく説明したい。