彦根城を世界遺産にするには、「人類の歴史の1ページ」としての価値を見つけ出さなければならない。では、その価値とは何か。結論から言うと、私たちが考えているのは、「江戸時代の日本の政治システムは世界的にユニークで、彦根城はその政治システムをあらわす証拠である」ということだ。

大堀切と登り石垣(大手門)

城は軍事施設か

一般的に、城は軍事のための施設といわれている。現在も、彦根城に登ると、登りにくい石段や折れ曲がった通路、鉄砲を撃つためのところなど、敵の侵入に備えた工夫を見つけることができる。大堀切と登り石垣を組み合わせた巧妙な防御構造は、見応え十分である。
しかし、江戸時代は200年以上にわたって戦いのなかった時代である。彦根城は戦いの舞台になったことがなく、これらの防御構造が実際に使われたことは一度もなかった。大名とその家臣たちは、戦いのために彦根城を築いたのではなく、地域社会の安定を実現する政治をするための場所として城を築いたのである。
城は確かに軍事施設だが、世界遺産の価値として軍事面を強調すると、江戸時代の誤ったイメージを世界に伝えることになりかねない。そこで、私たちは、あえて城の軍事機能には光を当てず、城が政治の中心地だったことに着目し、「政治システムをあらわす証拠」として彦根城の価値を描くことにした。

姫路城とは異なる価値

彦根城の世界遺産としての価値は、これまで登録されている1,121の世界遺産のどれとも異なるものにしなければならない。既に登録されている遺産と似たような価値しかないならば、わざわざ彦根城をそこに加える必要がないと判断されてしまう。彦根城を登録することによって、「これまで世界遺産リストが代表していなかった人類の歴史の大事な部分をあらわすことができる」「世界遺産リストをより豊かにすることができる」と言えなければならない。
既に登録されている1,121の遺産の中には、もちろん姫路城も含まれる。登録された姫路城の価値の概要を読むと、「木造建築の傑作」「日本の木造城郭建築の最高点」と書かれている。そしてもう1つ、「高度に発達した防御システム」という点も説明されている。
つまり、彦根城の建築的な美しさや巧妙な防御構造をいくら説明しても、姫路城の価値と重なってしまい、彦根城の登録には結びつかないのである。彦根城を登録するには、姫路城が語っていない価値を語らなければならない。彦根城でしか説明できない「人類の歴史の1ページ」としての価値を見つけなければならない。

玄宮園から見た彦根城天守

城が政治の中心地であったこと、城の構造から政治システムの特徴が読み取れること、その政治システムが世界的にユニークであることは、姫路城の推薦書では触れられていない。私たちはそこに着目した。そして、現在の保存状態を比べても、その価値を語るには姫路城より彦根城がふさわしいと考え、そこに突破口があると判断した。
私個人の考えとしては、軍事ではなく政治に着目した理由がもう1つある。戦争のための装置として優れていたというよりも、200年以上の安定した社会をつくる拠点だったという方が、市民の誇りになるに違いないと考えたのである。