マイスター・ハイスクール中間成果報告会

文部科学省のマイスター・ハイスクール事業は、学校と産業界、自治体が連携して地域産業を支える人材を育成する取り組みである。近畿地方では唯一、滋賀県立彦根工業高校が選ばれ、3か年計画でものづくりのスペシャリストを養成する取り組みが令和3年度から始まった。「変化への挑戦」をテーマとする彦根工業高校(南川瀬町)の事業概要と、地元・彦根の企業から着任した青木CEOが目指す人材育成のビジョンについては、「マイスター・ハイスクール事業が始動」で特集した。
1月26日に中間成果報告会がオンラインで開催され、全国各地12校の採択校より初年度の取り組みについて報告が行われた。彦根工業高校における成果と今後の計画が青木CEOより発表された(表参照)。
中間成果報告会では、彦根工業高校の他に、農業高校でAIやドローンを活用した実習や、漁業や養殖など水産業におけるICT活用など、多彩なプログラムによる成果が発表された。文部科学省では、成果モデルを示すことにより全国の産業教育のレベルアップに繋げ、地方創生を加速することを目指している。

彦根工業高校【令和3年度の成果・課題】
1年生「近江マイスター科目」の取り組み内容

カーボンニュートラルに関する学習 ユーグレナ培養土から菜種を栽培し、バイオディーゼル燃料で発電機を稼働させる実習。
SDGsに関する学習 滋賀県立大学生によるリモート授業や、彦根市役所のSDGs取り組み事例のヒアリングを実施。
文化祭でSDGsに関するポスターを発表。
防災教育を通じたマイスターリーダーの養成 彦根市危機管理課の協力により災害時の避難所の運営管理を学ぶマイスターキャンプを一泊二日で実施。
カンパニー制に関する学習 滋賀大学教授の講義と研修で、社会に貢献できるものづくりを学ぶ。経営力・リーダーシップ・ファシリテーターの資質向上を図る授業を実施。

成果

3年計画の初年度として、次年度以降の土台を構築。

  • マイスター・ハイスクールCEOを推進役として産業界(商工会議所)、彦根市、近隣大学との共同ネ ットワークを構築。見学先企業やインターンシップ候補企業への働きかけを行った。
  • 産業実務家教員をリーダーとして次年度の「ブラッシュアップ実習・英語」の制度設計ができた。

課題と対策

  • 産業界(企業)の協力が必要 → 商工会議所のネットワークを通じて企業への呼びかけを強化
  • 教員のやりくり → 教員の増員や業務分掌の見直し
  • 講師の確保 → 教員や商工会議所のネットワークをフル活用
  • 大学との連携 → スポット的イベントで終わらないように今後の連携を双方で協議

産業実務家教員が語る生徒へ伝えたいこと

マイスター・ハイスクール事業では、産業実務家教員として地元企業から技術者や実務家が選任される。彦根工業高校における産業実務家教員として、株式会社清水合金製作所の技術本部で研究開発に携わってこられた橋岡由男氏が就任した。橋岡氏に1年目を振り返り、今後の展望や事業への思いを伺った。

産業実務家教員 橋岡由男氏(株式会社清水合金製作所)「明らかな得意分野をもった個性ある生徒の育成」、「卒業後5年から10年後にマイスターとして成果が出せる人材」、「基礎学力のより一層の充実」を目指す。

1年目を振り返って

初年度は1年生の「近江マイスター科目」として、9月に予定していた企業訪問や大学での学習が新型コロナウイルス感染症拡大の影響で急遽リモートによる授業に変更になりましたが、滋賀県立大学の山根教授からは「未来のエネルギー」という講義をしていただき、青木CEOからは「続けることの大切さ」、私からは「彦根の地場産業―バルブ産業の成立ちとバルブ工場の紹介」という題で講演を行いました。 企業訪問を積極的に受け入れて準備いただいた企業様には心から感謝するとともに今後のご支援をお願いする次第です。
また、カーボンニュートラルに関する学習での菜の花の植え付けや防災教育としてのマイスターキャンプではリーダーシップなどの分野を学びました。これらの活動に参加した生徒たちは真面目で積極的に、「自分で考え自分で実行する」というマイスターハイスクールにおいて目標としている「付けたい力」の一つが実践できていると感じました。

次年度の取り組みについて

現在、実習は1クラスを4チームに分けているのですが、2年生からはより高度な資格取得や工業系大学への進学を目指す特別なブラッシュアップチームを立ち上げ、5チーム編成になります。今はブラッシュアップ実習のための外部講師や授業内容を先生や青木CEOが中心になって計画しているところです。
また、次年度から私も本格的に教壇に立って教えることとなります。機械設計という分野で、基礎的な物理の法則と身の回りの最新技術との関わりを伝え、新しいものを設計する楽しさと、今学んでいることとの関わりを伝えられればと思っています。設計して実際にプロトタイプを作る場面では計測することや手作業による仕上げも大事なことなので、そうしたことも体験できる授業にも取り組んでみたいと思います。
あえて道具を使って手作業で作ることで、道具の大切さと安全意識を伝え、発想した内容を形にする過程や、それがどのような性能や動きに繋がるのか、完成品をイメージする力を学んでほしいと思います。普段見慣れているものが、どのような原理に基づいて動いているのか理解できれば興味深いのでは……、公式を覚えるだけではつまらないでしょうから。
また、2年生から取り組む長期インターンシップでは、地元企業30社に60名程度の生徒を送り込みたいと考えておりますので、商工会議所をはじめ企業の皆様に是非ご協力をお願いいたします。

教育現場の働き方改革

彦根工業高校の先生方もお忙しくされている中、次年度カリキュラムの調整を青木CEOが中心となって進めていただいています。先生方には通常の授業や従来の学校行事に加えて、今回のマイスターハイスクール事業をいかに進化させてゆくかが課題になると思います。
この事業で実際に学校に勤務しての私見ですが、会社と学校は組織としてかなり違うことを感じました。会社は社長の方針とボトムアップを含む組織展開力で動きますが、学校は全体としての教育方針や組織力はあるものの、各科目の先生方一人ひとりが裁量を持って授業を最優先で進められています。授業の準備に加え授業以外の組織としての様々な業務や生徒との関わりを持つ中で、企業でいう小集団活動やタスクフォースが成立しにくい組織環境にあり、マイスター・ハイスクールのビジョンを教師間で共有化し事業継続してゆくには、教育現場にあった運営と働き方改革も課題だと思います。

彦根工業高校【令和4年度の事業計画】

1年生は近江マイスターの授業を継承しつつ、2年生は新たな設定科目として「ブラッシュアップ実習」を新設し、従来の実習の枠組みを拡大・進化させた内容に取り組み、より高い知識や技術を身につけ高度な資格試験、工業系大学への進学を目指す。企業や大学からの講師派遣や、地元企業への長期インターンシップなどの新しいカリキュラムを実施する。

ブラッシュアップ実習
(2年生)
▶ 機械科
機械検査技能検定や第2種電気工事士等の資格取得を目指すとともに通常実習を 1.5~2 倍速で実施。
▶ 電気科 電気系
第2種電気工事士や電気機器組立て技能士等の資格取得を目指すとともに通常実習を 1.5~2 倍速で実施。
▶ 電気科 情報系
ゲームのプログラミング、AR・VRの学習とともに通常実習を 1.5~2 倍速で実施。
▶ 建設科
建築パース着彩、3D-CADの学習に特化し、通常実習は実施しない。
ブラッシュアップ英語
(2年生)
ミシガン州立大学連合より外国人講師を招聘し、英語コミュニケーション能力向上に取り組む。
3日・5日・10日間コースを設定。
長期インターンシップ
(2年生)
10日間コースでは30社の受入企業、60名程度の参加を想定。
近江マイスター(1年生) 令和3年度の実施内容をさらに進化させる。
カンパニー制(1・2年生) 彦根商工会議所会員企業との協働も視野に取り組む。
令和5年度
プログレス実習(3年生)
の制度設計
▶ デュアルシステム
大学のゼミでより高度な研究。
企業派遣による実習・課題研究。
▶ プログレス学習
高校内でより専門的なことを学ぶ。
(可能な限りデュアルシステムへ)

可能性を広げる種をまく

また、本事業を通して生徒に原石になってもらうためにどうすれば良いのか、悩むところです。一人でも多くの生徒が寝食を忘れて打ち込めるようなものを見つけ将来マイスターになり、地域産業に貢献できる事業になればと思います。そのため、実習科目や教科も多岐にわたり、多くの先生がおられる工業高校という特性を活かし、体験による学びに加え自ら考えることを通してそれを見つけてほしいと思います。
会社の社員教育であれば業務のスペシャリストを育てることが目的ですが、高校生には将来の自分の道を探してもらうための本物を体験してもらうことが重要です。何がその生徒の将来に役立つか分からない中で、可能性を広げることと自ら考える習慣を持ち、自らが選んだ道でマイスターになってもらえるようにしっかりと基礎を固められるようにしたいと考えています。
マイスター・ハイスクールには、高校を卒業してすぐ社会で即戦力として活躍できる産業人材を育成するという目的もあるのですが、技術に加えてマインドの部分がどうすれば育つのかという思いがあります。AIやロボット技術が普及する社会において、それらの原理を理解したうえで新しいモノを創り出せるような人材が増えてほしいと個人的には思います。そのためにはやはり、そういったものを作りたいという強い気持ちと基礎力、考える力が大事だと思います。新しい地場産業を生み出すということは世の中に求められているものを把握して創り出し挑戦する力をもつ人材が求められているのです。
最後に、この事業を成功させるためには、企業と学校が一体となって動くことが必要です。社会がどのようなことを求めているのか、経済界からもリクエストをいただきながら協力し、ともに生徒たちを育てていきたいと思います。


彦根商工会議所では、産学官連携による人材育成に力を入れている。会員事業所のネットワークを生かして、長期インターンシップの受け入れや、CSRの観点からは寄付への呼びかけなども行っている。
2025年大阪・関西万博のコンセプトは「未来社会の実験場」を謳っている。産業界の先端技術に触れることで、事業が目指す「絶えず革新し続ける最先端の職業人育成システムの構築」に向けて、未来志向の人材が育つことを期待している。