近江の苔寺

西明寺は承和元年(834)平安時代初期、仁明天皇の勅願により三修上人(慈勝上人)が開山したと伝わる。令和2年(2020)、本堂(瑠璃殿)内陣の本尊・薬師如来像前の西柱と南柱を赤外線撮影したところ菩薩立像が4体ずつ描かれていることが判り、創建年代は飛鳥時代(592〜710)にまで遡る可能性があるという。平安・鎌倉・室町の各時代を通して、国家安泰を祈る祈願道場、僧侶を育成する修行道場として、堂塔17・僧坊300を有する大寺院であった。織田信長の兵火の後、江戸時代に天海大僧正・公海大僧正の尽力と、望月友閑が私財をなげうって復興、美しい姿を今に留める近江の名刹である。国指定名勝の「蓬萊庭」は望月友閑が小堀遠州の作庭を参考に造ったと伝わる。

蓬萊庭

2017年5月、アメリカのニュース専門放送局CNN(Cable News Network)のWeb特集で西明寺が「日本の最も美しい場所31選(Japan’s 31 most beautiful places)」に選ばれたことは記憶に新しい。世界の人々が知るところとなった西明寺の紅葉は勿論見事だが、6月頃からの緑に映える姿もまた美しい。国道307号沿いの麓の山門から登ると、参道の両側に石垣があり、苔で覆われたかつての坊跡が続く。清浄な空気と降り積もる苔生す時の流れは「近江の苔寺」と呼ばれるに相応しく、烈火に巻き込まれた歴史を振り返るとき、本堂(国宝)・三重塔(国宝)・二天門(重要文化財)が遺った奇跡を感じるのである。

日本の気高さ

織田信長の兵火をまぬがれた、本堂、三重塔は国宝。鎌倉時代初期に建立された本堂は、中尊寺金色堂や東大寺南大門、法隆寺西院伽藍の五重塔と同じく国宝・第一号指定である(本堂:明治30年12月28日、三重塔:明治33年4月7日)。本尊薬師如来立像(秘仏)、広目天、多聞天は国の重要文化財。三重塔初層内陣の壁画は平成14年(2002)、国宝建造物とは別に美術工芸部門として国重要文化財の指定を受けた。鎌倉時代のものとしては国内唯一の壁画で、大日如来像の周囲に立つ四天柱には32の菩薩像が描かれ曼荼羅を構成し、壁面の8枚の絵は天台宗の重要経典「法華経」の主要な場面が描かれている。純度の高い岩絵の具を使い、極彩色の荘厳な世界を表現している。

本堂(国宝)

三重塔(国宝)

2022年は寅年、今、西明寺本堂では秘仏「虎薬師」が公開されている。正式名称は「御前立秘仏薬師瑠璃光如来立像」という。意外に知られていないが、彦根藩第4代井伊直興公が寄進した仏像である。虎に乗った薬師如来の姿で「虎の強い生命力に病気平癒を願った」と伝わる。虎に乗った薬師の姿から切実な願いが伝わってくるのである。
2004年、藤沢周平の小説『蝉しぐれ』が映画化され西明寺で撮影が行われた。藤沢作品らしく「日本人の気高さ」 が描かれている。凜とした日本の気高い空気を纏う西明寺を改めて訪れてみてはどうだろう。

二天門(重要文化財)

近江三社寺ものがたり

6月20日、彦根商工会議所4階大ホールで2022年度のヒストリア講座「近江三社寺ものがたり」第1講が19:00から開講される。近江三社寺とは、多賀大社、西明寺、金剛輪寺だ。それぞれ、多賀大社・片岡秀和宮司、西明寺・中野英勝住職、金剛輪寺・濱中大樹住職が登壇される予定だ。「歴史観光の愉しみは事前学習の深さに関係する」といわれている。身近にある宝物の再発見の機会となるに違いない。
西明寺のコンテンツでは、本堂内部と三重塔初層内陣の壁画の画像、本堂内陣の菩薩立像などがクローズアップで映し出される。これを見逃す手はない。

近江三社寺ものがたり

講師
多賀大社 片岡秀和宮司
西明寺 中野英勝住職
金剛輪寺 濱中大樹住職
日時
2022年6月20日(月)19:00〜(18:30開場)
場所
彦根商工会議所4階大ホール
参加料
500円
定員
100〜150名
主催
世界遺産でつながるまちづくりコンソーシアム
運営
彦根商工会議所