1. はじめに

企業経営および企業価値向上における知的財産の重要性は益々高まっています。「ヒト・モノ・カネ」といった目に見える資産の乏しい中小企業等においては、自社の強みでもある知的財産を適切に権利化し活用していくことが重要なのですが、知的財産に対する誤った理解や必要以上にハードルをあげてしまうことで、知的財産に取り組まれている事業者が少ないことも事実です。
一方で「新型コロナウイルス感染症の拡大」から2年半が経過し、その後も「ウクライナ・台湾危機」「急激な円安」「物価の高騰」「最低賃金の引き上げ」など国内外の社会・経済情勢は大きく変化しています。外部環境が大きく変化する中、その変化に対応するよう自社の経営を見直すことが求められますが、そんな事業を見直す時こそ知的財産の活用について取り組むチャンスです。


2. 知的財産権とは?

知的財産権は、発明を保護する「特許権」のことと思われる方も多いのですが、その他に考案(小発明)を保護する「実用新案権」、デザインを保護する「意匠権」、商品名やマークを保護する「商標権」があります(これら特許庁で扱う権利を総称して「産業財産権」と呼ばれます)。
またその他「著作権」や「営業秘密」「地理的表示」などいくつもの権利を含みます。知的財産権を活用することは、不要な損害を受けないようにする「守り」だけでなく、自社の事業を少しでも「独占」に近づけ競争優位性を高める「攻撃」の点でも重要です。

出所:特許庁「平成30年度知的財産権制度説明会(初心者向け)テキスト」


3. 知的財産で損する社長の決まり文句

知的財産の重要性をご存知でも、まだまだ意識が薄く、“自社の問題”と認識されていないと感じることは多いです。そのため対応が遅れ、結果的に損をされていることが散見されます。
知的財産で損をされる社長さんにはいくつかのパターンがありますので、代表的な決まり文句(言い訳?)と問題点を紹介します。

1. 知財=特許という誤解

「うちはメーカーやないから知財は関係ない」とおっしゃる社長さん。いえいえ知的財産は、特許だけでなく、意匠や商標、著作権なども含まれます。例えば小売店や飲食店さんでも必ず屋号はお持ちだと思いますが、それは商標権で保護されます。また自社で作成されるカタログやHPのデザインは著作権が関係してきます。メーカーでないからといって、知的財産権が無関係というわけではありません。

2. 特許に対する過剰反応

「うちは下請けで新しい製品は開発していないから特許なんか無い」とハードルを上げてしまわれる社長さん。発明は画期的な技術でなくてもよく、むしろ何気ない発明のほうが重要であったりします。

3. 商標制度への無知

「うちの屋号は30年以上前から使っているから商標は問題ない」とおっしゃる老舗商店の社長さん。商標は先に登録した人に権利が発生します。これまで問題なくても、明日誰かが出願したりすると、使えなくなるかもしれませんよ。

4. 契約書への抵抗感

「うちは人間関係で商売しているから契約なんて必要ない」とおっしゃる社長さん。契約書は、良好な関係が維持できている時ではなく、両社の関係に問題が生じたときにはじめて意味が出てきます。最近、大企業との不公平な契約が話 題に挙がることが増えていますが、ご存知ですか?

5. 営業秘密の認識なし

「大企業には逆らえないから、装置も図面もみせてしまう」という気前のよい社長さん。長年の企業努力で蓄積してきた製造方法や装置は、いわゆるノウハウの塊です。ちゃんと営業秘密として取り扱っておかないと、法的な保護も受けられません。

6. 事業戦略と一致しない知財活動

「うちは弁理士に全部任せているから心配ない」と自信満々の社長さん。弁理士先生とのコミュニケーションは大丈夫ですか?御社の事業方針をきちんと整理し理解して頂いたうえで出願をして頂いていますか?すべてを丸投げしていては、本当に必要な出願ができているかわかりませんよ。


4.まずは商標から始めましょう

特許・実用新案・意匠・商標のなかでも最も身近な知的財産権は「商標権」です。なぜなら企業には必ず名前があり、多くの企業はロゴやマークを商品やHPに付けられているからです。これは製造業だけでなく、飲食業やサービス業でも同じです。一方、商標を知らずに事業を行うと、ある日突然、使用の中止を求める「警告書」が送付され、最悪名称や商品名を変更しなくてはならない場合があります(当然、看板の掛け替えやHPの修正、チラシやパンフを作り直す必要が生じます)。

  • まず社名や商品名・サービス名を決めるときには、他人の商標 権を侵害していないか調査することが必要です。
  • また商標権は原則先に出願した者に権利がありますので(先に 使用していた者でない点に注意が必要)、誰かに権利を取られな いために自らが商標登録出願しておくべきです。右記の統計資 料は特許と商標について中小企業等の出願件数と比率を示して いますが、商標は全体の6割近くを中小企業等の出願が占めて おり、中小企業等も活発に出願していることが伺えます。

出所:特許庁「特許行政年次報告書2022年版」


5. 事業を見直す時こそチャンス

知的財産を活用するのに早すぎることはありませんが、事業を見直す時こそチャンスです。外部環境が大きく変化している今こそ、その時と言えるでしょう。例えばこんな場面が想定されます。

1. 事業再構築補助金やモノづくり補助金に採択されたとき

新しい事業に挑戦したり新しい生産設備を導入し新たな事業にチャレンジする時には、新たな発明や考案、デザインが生まれる時でもあります。また新しい事業に新たな名称をつけることを検討される場合も多いと思います。その時期にこれからの取組の中心となる資産として知的財産を検討すべきです。

2. 販路拡大やDX推進に取り組まれるとき

新しい市場を開拓し販路を拡大する際には、商品・サービスの付加価値向上やブランド化が重要であり、予め自社の技術・商標を権利化しておくことが求められます。またDXを推進されるにあたっては人材育成もキーポイントになりますが、著作権や営業秘密の取り扱いといった知識を学ぶ機会でもあります。

3. 海外展開を検討するとき

停滞する国内市場から新たな販路を求め海外市場に進出される企業も増えてきていますが、知財リスクは日本以上に高いと考えるべきであり、その対策が必要になります。また海外での知財活動は費用も高額になりますので、特許庁やJETRO等が行っている海外展開支援策を調査することも重要です。

4. 事業承継に取り組まれているとき

事業承継は先代が築かれてきた経営資源を棚卸し、磨き上げることが重要になります。その中に企業が成長してきた源泉となる技術やノウハウ・ブランドなどが眠っている可能性があります。また事業承継後に後継者が新たな取り組みにチャレンジされる企業も多く、場合によっては社名を一新される企業もあります。


6. 知的財産に関するご相談

知的財産は特別な制度で分かりにくい所もありますが、彦根商工会議所では(一社)滋賀県発明協会が運営するINPIT知財総合支援窓口と連携し、毎月1回専門の相談員を招いて知的財産の相談会を行っていますので、まずはお気軽にご相談ください(無料・事前予約制)。