近年、日常的に家事や家族の世話を行っている子どもを指す「ヤングケアラー」という言葉が注目されている。ヤングケアラーとともに喫緊の課題となっているのが、働きながら介護をする労働者「ビジネスケアラー」である。
日本はいよいよ超高齢化社会の本番を迎え、医療や介護といった社会保障制度に大きなインパクトを与えるほか、多くの企業にとっても従来の「多様性推進」とは次元の異なる課題に直面し、それが数十年にわたって続いていく見込みである。
人口動態から見る日本の未来
日本の人口動態を見ると、現在生産年齢人口である15~64歳の割合が減少に転じる一方で、約4人に1人を65歳以上の高齢者が占めている。更に、2025年以降、「団塊世代」が75歳以上の後期高齢者になり、2040年代後半には人口のボリュームゾーンである団塊ジュニア(約800万人)が後期高齢者となる。医療・介護負担はさらに増大していく見込みだ。
少子高齢化はますます進み、第一線で働く人数の少ない現役世代が、公私にわたって高齢者を支えるという構図がより顕著となる。昨今、女性の社会進出を背景とした共働き世代の増加によって、いわゆる「嫁介護」は減少し、「実子」や「配偶者」が主たる家族介護の担い手となった。これは働く誰しもが家族介護を行うことになり得るということを意味している。
こういった背景から政府は、2030年の時点で家族介護者の内、約4割(約318万人)がビジネスケアラーとなり、介護に起因した労働総量や生産性の減少による経済損失が約9兆円に上ると公表した。
生産年齢人口の減少に伴い人手不足が加速する中、仕事と介護を両立する従業員が増加していくことは社会全体として対応すべき課題と言える(図1)。
企業経営における「仕事と介護の両立」の重要性 リスクをリターンに
従業員一人ひとりが抱える介護の問題は、本人のパフォーマンスの低下や介護離職などに繋がり、結果として企業活動の継続にも大きなリスクを生じさせる。介護者は、とりわけ働き盛り世代で企業の中核人材であることが多く、管理職や職責の重い仕事に従事する方も少なくない。そうした中、介護は突発的に問題が発生することや、介護を行う期間・方策も多種多様であることから、仕事と介護の両立が困難となることも考えられる。
そんなビジネスケアラーを企業が支援することは、介護離職を防ぐだけでなく、人的資本経営の実現や人材不足の課題を解消することにもつながる。例えば、5月の特集で紹介した「健康経営優良法人認定制度」では、仕事と介護の両立支援に関する項目が含まれており、ビジネスケアラー支援に積極的な企業は社会的評価が高まる傾向がある。従業員のワークライフバランスを重視する姿勢は、企業の社会的責任(CSR)の観点からも評価され、人材採用や取引先との関係にもポジティブな影響を与えるため、ビジネスケアラーの支援に取り組む意義は大きい。
政府は企業が実践すべき事柄として「経営層のコミットメント」「実態の把握と対応」「情報発信」を挙げ、企業の実情やリソースに応じて人事労務制度や個人相談体制の充実、介護経験者同士のコミュニティ形成、施策の効果検証などに取り組むよう求めている。
さらに具体的な取り組みとしてフレックスタイムや時短勤務、在宅制度の活用や、介護休業の取得をビジネスケアラーの状況ごとに合わせて取得している事例を紹介している。
日頃から職場内での理解と、急な介護による休暇に対応できる制度などに取り組むことで従業員の仕事との両立を実現できる。
介護は初期的な対応を行うことで、一定程度マネジメント可能な課題であり、早期に対応することでリスク回避出来得るが、まだまだ企業内では取り組みづらい構造的課題が存在する(図2)。負のサイクルを断ち切るため、まず経営者がコミットメントし、組織内の機運を醸成することから始めてみてはどうだろうか。
新たな働き方のモデルに
滋賀県においては現在、55~59歳までの有業者のうち、7人に1人が介護をしており年間1000人弱が介護や看護を理由として離職している。ビジネスケアラー支援は、単なる福利厚生の一環ではない。企業の持続的成長と従業員の幸福を両立させる、新しい働き方のモデルとなる。しかし「仕事と介護の両立」は、ただ休業や業務量の削減を行い、従業員が介護に携われる時間を増やすことを意味しているわけではない。あくまで従業員がそれぞれの状況や希望に応じた働き方を選択し、家庭生活とキャリア形成を両立し続けられることこそが肝要である。
参考となるウェブサイト
- 仕事と介護の両立のための制度についてのまとめ(WAMNET独立行政法人福祉医療機構の総合情報サイト)
- 仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン(経済産業省)
- 仕事と介護の両立に向けた具体的ツール(人事労務担当・管理職・社員向け)
- 仕事と介護の両立支援アドバイザー無料派遣(滋賀県)
育児・介護休業法改正対策セミナー
2025年1月24日(金)15:00〜17:00
男女ともに仕事と育児・介護を両立させるための「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)」が2025年4月より段階的に改正され、経営者・人事担当者はこの法律に則り必要な対応を講じていくことが今後求められる。
彦根商工会議所では、本改正や実務上での対応等について専門講師が詳しく解説するセミナーを開催する。「ビジネスケアラー」の増加に伴い、働く人の介護や育児をしやすくする職場づくりが今後一層必要とされるので、この機会にぜひご活用いただきたい。