10月9日、「彦根城」の世界遺産登録推薦に係るイコモスの事前評価について、文化庁より結果概要が公表された。
彦根商工会議所では、10月18日に世界遺産のまちづくり委員会を開催。彦根市 観光文化戦略部文化財課・彦根城世界遺産登録推進室の小林隆室長より文化庁が発表した結果概要をもとに解説いただき、「彦根城は世界遺産登録に向けて大きく前進した」と述べられた。これまで企業や各団体で彦根城の世界遺産登録を目指し、取り組んできた活動は、イコモスから一定の評価をいただき、今後も引き続き前進を続けて行きたいところである。
今年7月、文化庁で教育や文化(世界遺産登録やクールジャパン戦略)などの事業に携わってこられた経験をもつ岸本織江氏が滋賀県副知事に就任され、「内閣府で世界遺産行政に携わっていたこともあるので、彦根城の世界遺産認定に向けても全力を尽くしたい」とコメントされたことは記憶に新しい。
今号では、彦根城世界遺産登録や滋賀のコンテンツ醸成について岸本副知事にお聞きした内容をレポートする。

事前評価について詳しくは彦根市ウェブサイト参照
彦根城世界遺産登録へのこれまでの歩みについては当所ウェブマガジン参照

岸本 織江氏

東京大学法学部を卒業後、旧文部省に入省。文部科学省の高等教育局 主任視学官や内閣府 地方創生推進事務局の参事官などを歴任され、今年7月滋賀県副知事に着任された。

彦根城の事前評価の結果を受けて

事前評価制度という新しい仕組みにより、イコモス(推薦を専門的に評価する機関)から登録に向けた効果的なあり方や進め方について助言いただけたことは大きな1歩です。また、世界遺産の顕著で普遍的な価値(以下OUV)について、「 江戸時代260年間の平和がなぜ成り立ったのか、という鍵が〝大名の統治システム〟にある。そこがOUVであるということに登録の可能性がある」という考えを支持してもらえたのは、非常に重みのあることだと考えています。その上で「OUVを具現化する構成資産として、必要十分なのかという部分をもう少し説明してください」という内容であったと認識しています。
個人的にはまず、予定通り事前評価をいただけてほっとしました。

シリアル・ノミネーション・サイトについて

シリアル・ノミネーション・サイト(以下シリアル)の可能性については、検討を求められたことは事実です。国の戦略や意向もあると思いますので、国および彦根市と、しっかり相談、調整しながら進めていかなければなりません。
そもそもシリアルは、〝資産が揃っていないとOUVが証明できない〟場合に使われる手法ですが、本件は単独でも証明できるのではないかと思っています。
事前評価でも、現状の説明で不足であると明言されたわけではなく、他にもあるのかどうかをきちんと検討してください、ということだと解釈しています。〝大名統治システム〟を成り立たせている要素が必要十分か、我々の提案した内容で良いか、ということは、まだはっきりと言い切れない状態ですが、我々が提案しているもので必要十分な要素ですということであれば、「彦根城の単独推薦でいけますね」という話になるかと思います。
一方で、他にもその統治システムを成り立たせる必要不可欠な要素を有する資産があるのであれば、それはどこのお城になるのか、ということだと思います。目下の目標としては来年の文化審議会で、国内から「推薦します」という答申を出していただきたい。そのため、いただいた宿題をクリアし、説得力のある推薦書として磨きあげる作業を、着実に進めていきたいと考えています。

シリアル ・ノミネーション・ サイト

連続性のある遺産のこと。 文化や歴史的背景、自然環境などが共通する資産を一つの遺産として考え登録した世界遺産。比叡山延暦寺も「古都京都の文化財(京都市・宇治市・大津市)」の構成資産の一つ。

世界遺産登録後について

スムーズに進めば2027年に彦根城は世界遺産に登録されます。登録後の様々な課題にも今から目を向けていく必要があります。滋賀の遺産としては比叡山延暦寺に続く、県として2つ目の世界遺産となります。
延暦寺は京都にあると思っておられる方も多いそうですし、その塗り替えということも含めて、 彦根城が世界遺産に登録された暁には、滋賀の豊富な文化財の中核的遺産として、他多数の地域と連携を図りながら、しっかりと発信していきたい。まずは今後のプロモーションを考えるうえで、どんな県になっていけばいいかという目指すべき形(ビジョン)を作る必要があります。
日本のクールジャパン戦略は、日本人が思うクールと、外国人が見たときのクールな部分が少しずれていたりします。意外なものが受けていて、驚きの連続です。外国の方にとって、京都や奈良は、エキゾチックで受けるだろうなという想像どおりの部分もあるのですが、 例えば「北海道ニセコスキー場の雪の質が素晴らしい」とか、「新潟県小千谷市の錦鯉が素晴らしい」とか、そういった素晴らしさをあまり自覚していなかったと思うのです。外国人観光客がたまたま訪れて、口コミで広がる自然発生的な「クールジャパン」もあると思っています。
滋賀県のイメージとしては、琵琶湖の印象が強い。おそらくそれは外国の方が見てもそうで、そこにあるストーリー性が鍵となると思います。
例えば2022年、世界農業遺産に「森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」が認定されました。琵琶湖という自然の恵みを活かして、農業や水産業、林業などがいかに発展してきたのか、人々の暮らしがどうであったのか、そしてその中から生まれた伝統的な技が文化財として受け継がれ全て繋がっている。千年以上受け継がれてきた森・川・水田・湖のつながりは、世界的にも非常に貴重なものであるということを、点ではなくストーリーで繋げて見せることが大切ですし、そういうストーリーを理解したいと思う方が沢山いらっしゃるんじゃないかなと個人的には考えています。

天の時、地の利、人の和

一方で世界遺産の保全の側面では、人類の共通遺産としての価値を理解し、今後も持続的に保全していくための制度の担保、交通や宿泊、オーバーツーリズムの問題への対応等、様々な計画を練っていかねばなりません。また、おもてなしの体制をどう作るかも重要なポイントです。
滋賀の皆さんは京都の混雑を間近で見て、実感として分かっておられると思います。世界遺産になることで一時爆発的に観光客が増え、何とかすべく様々な体制を作ったものの、その後観光客数が落ち込んでしまった遺産なども存在します。世界遺産へ登録後、沢山の観光客を持続的に受け入れるまちづくりになっているのか、おもてなしのコミュニティになっているのか、そこがちょっと心配です。今、良いタイミングで事前評価をいただいたので、 それを受けて登録後を見据えた体制、環境作りをしていけるチャンスではないでしょうか。
これらを実行していくためには、より一層地域の方々のご理解やご協力が不可欠です。三日月知事がよく仰る「天の時、地の利、人の和」が揃わないといけません。
天の時については、事前評価制度ができた直後にそれを活用してチャンスができた。次に、その地の利を活かす=コンセプト(マーケティングやポジショニングといった戦略)を練ることと考えれば、今「大名の統治システム」を掲げていることの意味は大きい。世界は今、情勢が不安定化していて、〝平和の大切さ〟が求められています。平和の重要性が一層認識されているなかで、徳川の260年間の平和をいかにして成り立たせたのか、そのシステムについて歴史に学ぶということは、説得力があると考えています。最後に人の和については、すでに皆様には力を発揮していただいていますが、今後より一層チーム力を高めて、1歩1歩力強く前進していければと思っています。


副知事はこれまでの経験を活かし、今後も滋賀においての教育・文化の推進に意欲的に取り組んでいきたいという思いを語られた。彦根城の登録については、まず、来年夏の国内推薦の決定、2026年の現地調査、2027年の世界遺産登録へ向かって大きく前進していく必要があり、当所も推進活動に力を入れていく。会員の皆様にもぜひ引き続きのご協力、ご支援をお願いしたい。