彦根城の世界遺産登録についてはこれまで、県と市によって、大名と重臣たちが彦根城内に集住して政治を行った江戸時代特有の『大名統治システム』に普遍的価値があると位置づけ2022年に推薦書素案を提出。昨年10月、ユネスコより事前評価の結果として、「大名統治システムに対してほかの城との比較指標の拡大」や「シリアル推薦を含めた可能性の検討」などの課題が示された。
これを受け、県と市は文化庁と協議を重ねた上で「彦根城単独でも大名統治システムを表現できる」と判断し、江戸時代の国内160ほどの城郭との比較や、井伊家についての表記を充実させた推薦書案を作成、今年7月に文化庁へ提出した。本誌でも2月に登録の鍵となる『彦根城の価値』について特集してきた。

彦根城世界遺産レポート3 改めて学ぶ「彦根城の価値について」

しかしながら、8月26日、文化審議会にて「今年度の国内推薦は見送る」との発表がなされた。
田島市長は同日開いた記者会見で「課題を修正し、早期推薦案を提出する」と述べられたが、我々はこの結果をどう受け止め、次の一手をどう打つべきか。そして、この経験をいかにして未来の彦根の活力へと繋げていくのか。市の小林隆世界遺産登録推進室長に今回の結果についてとこれからを伺った。

何故、国内推薦が見送られたのか

小林室長——今回、文化庁から彦根城の国内推薦を見送る発表がありました。彦根市内では、世界遺産登録実現の機運が高まってきましたので、その発表を聞いて、大きなショックを受けられた方が少なくありませんでした。市の世界遺産担当者として、市民のみなさまのご期待に応えることができず、大変申し訳なく思うとともに、悔しい気持ちでいっぱいです。しかし、これで彦根城の世界遺産登録がダメになったわけではありません。文化庁からの発表を正確に読み取り、彦根城の世界遺産登録を成し遂げるために何が必要なのかを、今ここで明らかにしておくことが大切です。

文化庁のウェブサイトには国内推薦見送りの理由が示された資料が掲載されている。8月26日付けの文化審議会世界文化遺産部会『今後の世界文化遺産への推薦にかかる意見」には、今年7月に市が県と共同で提出した彦根城の推薦書案について、検討に進捗が見られるものの、なお、課題が残る点があり、単独の資産での申請を行うためには、説明の充実が必要と書かれている。令和6年10月に公表されたイコモスの事前評価結果では、彦根城の単独登録のほかに、彦根城と他の城を組み合わせて登録するシリアルノミネーションの可能性も検討するよう求められていた。ところが、今回、文化庁が発表した資料では、シリアルノミネーションの検討が求められておらず、彦根城単独での登録を前提とした課題が提示されている。

小林室長——私たちの目の前から、シリアルノミネーションの途が消え、彦根城単独登録の途だけが示されていることは、大きな前進だと思います。

それでは、彦根城を単独で世界遺産に登録するためには、どのような課題をクリアしなければならないのか。主たる課題は2つだ。

  1. 彦根城と江戸時代の他の城との比較研究に客観性を疑われる可能性があるので、説明の充実をはかること。
  2. 「城」や「大名」といったキーワードの説明を充実させること。

小林室長——いずれも専門性の高い課題で、容易に解決することはできませんが、文化庁や専門家から指導を賜りながら検討を重ねたら、解決できると思います。彦根城の価値の説明について何をしなければいけないのかが文化庁の発表資料に具体的に例示されていますので、大変な作業にはなりますが、ゴールの見えない作業ではありません。そして、文化庁の発表資料で課題として指摘されているのは、彦根城の価値の説明の仕方だけです。

これまでも、小林室長は、彦根城を世界遺産に登録するためには3つの大きな課題をクリアする必要があると述べられてきた。
1つ目は価値の説明、2つ目はその価値を守るための保存管理体制の整備、3つ目は世界遺産を守り活かす地元主体の持続可能なまちづくりの取り組みだ。
この3つの課題のうち、今回問題点を指摘された1つ目の課題は、学術性が高く、県と市が共同で組織している彦根城世界遺産登録推進協議会が取り組むものであり、地元の自治体や関係団体、住民が取り組む2つ目と3つ目の課題は、問題視されてない。これまでの我々の取り組みはきちんと評価いただけていると思われる。

小林室長——彦根城の国内推薦見送りが報じられた後すぐに、市と県は協議の場を持ち、連携をさらに深め、推進体制の強化を図ったうえで、彦根城の単独登録を実現するための課題の解決をはかり、来年の3月までに新しい推薦書を文化庁に提出することを確認しました。来年度こそは彦根城の国内推薦を実現するという強い意志のもと、推薦書案を書き直す作業が始まっています。
この会報をご覧いただいているみなさまには、地元の取り組みに問題はないにしても、さらなる高みを見すえていただき、彦根城の世界遺産登録を応援していただくとともに、世界遺産を守り活かしながら、この地域で暮らし続けていくためには、子どもや孫の世代にも幸せに暮らし続けてもらうためには、何が必要か、何を改めなければいけないのかをお考えいただき、持続可能なまちづくりを続けていただきたいと願っています。
彦根城に誇りを持ち、守り活かしながら地元住民が幸せに暮らし続けることができれば、彦根を訪れた方々、あるいは、遠くから彦根の様子をご覧になっている方々の彦根に対する関心が高まり、場合によっては、彦根にまた来たい、移住したいと思っていただけるはずです。そうすれば、このまちの暮らしは、確実に未来に続いていきます。世界遺産の取り組みが、彦根のまちの暮らしを未来に伝える力になるのです。

いまさら聞けない彦根城の顕著な普遍的価値(OUV)

「OUV」とは、「Outstanding Universal Value」の略で、「顕著な普遍的価値」と訳される。その意味は、「国家間の境界を超越し、人類全体にとって現代及び将来世代に共通した重要性をもつような、傑出した文化的意義・自然的な価値」と説明されている。
では彦根城の「OUV」、顕著な普遍的価値は何なのか? それが「大名統治システム」なのだ。
ユネスコは、どういうものに「顕著な普遍的価値」があると認めるのか。「世界遺産条約履行のための作業指針」において、世界遺産の10の登録基準があり、世界遺産リストに登録されるためには、いずれか一つにあてはまることが必要となる。
彦根城はこの基準のⅲ)に記されている「現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である」という基準を満たすために、「大名統治システムの物証」として登録しようとしているのだ。
つまり、『彦根城は、平和な時代を築いた政治の仕組み「大名統治システム」を世界の中で最も良く示す物証の城』、これをいかに証明するのかを問われているのである。

今後の彦根商工会議所の取り組み

昨年イコモスによって事前評価を受けて示された課題は進捗が見られ、前進している。しかし、「私たちが自明として説明したことに対し、海外の専門家から客観性がない、と指摘される可能性がある」と小林室長は語られた。より確実な世界遺産登録の実現に向け、今回からユネスコで新導入された〝事前評価制度〟を経て、世界で初めて登録される彦根城については特に、国として本推薦するには確実にしていきたい、という国側の意図が読み取れる。
今回の件を経て、国・県・市が一体となり本腰を入れて来年3月の再提出を目指すという異例のスピード感は、この挑戦が新たなフェーズに入ったことを強く印象付けるものであった。これを受けて当所でも9月19日、県の高尾登録推進室長、市の小林室長を招聘し当所世界遺産のまちづくり委員会を急遽開催。会議では推薦の核である『大名統治システム』の難解さ、『目に見えないシステム』を、いかに『目に見える体験』へと翻訳し、市民・県民や訪れた方に説明、可視化していくかを議論された。
世界遺産登録には、価値を学術的に証明する「守る」側面と、その価値を地域の活力に繋げる「活かす」側面がある。推薦書作成という「守る」ための専門的な作業は、強化された行政チームに託し、我々は、民間ならではの視点で「活かす」ための具体的なアクションを企画・実行する役割を担っている。登録によって生じる規制等のデメリットを上回るメリット(県民・市民益)を創出し、持続可能なまちづくりを実現することこそが、我々の使命である。
また、県域連携の新たなビジョンとして南の『比叡山延暦寺』(宗教文化)と、北の『彦根城』(江戸時代の統治文化)という二つの世界遺産を核とした構想案も提言された。この構想は、彦根城登録が県全体のブランド価値を飛躍的に高めるというスケールメリットを具体的に示すものであり、県域コンソーシアムを再活性化させ、県民全体の運動へと昇華させるための強力な推進力となり得る。
今回の「推薦見送り」は、我々に立ち止まり、深く思考する貴重な機会を与えてくれた。課題は明確になった。この経験をバネに、会員企業、地域の皆様と共に具体的な行動を起こし、彦根、そして滋賀県全体の未来に貢献していく所存である。