「DXレポート2」は2020年、コロナ渦中の12月に公開されたものである。今回の特集では、概要を紹介し、DX(デジタルトランスフォーメーション)への具体的なアプローチを考える。
1年前、「How to DX」と題して、2018年に公開された経済産業省の『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」』(以下DXレポート)について紹介した。「ウェブ版不易流行」でも「How to DX 概要編」「How to DX 事例編」と2回掲載している。今号の特集と合わせて読んでいただければ、DXに取り組む課題がより明確になるに違いない。

2018年「DXレポート」は、DXへの取り組みの重要性に言及し、2025年までに日本政府・企業が、DXに取り組んでいなければ、世界の潮流に乗り遅れ、数十兆円の経済的損失を被ると危機を訴えるものだった。
「DXレポート」公開後、経済産業省は、企業におけるDX推進を後押しするため、企業への働きかけと市場環境整備の両面から政策を展開してきた。
しかし、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2020年10月時点で企業約500社のDX推進への取組状況を分析した結果、9割以上の企業がDXにまったく取り組めていない(DX未着手企業)レベルか、散発的な実施に留まっている(DX途上企業)状況であることが明らかになった。
2020年初頭からの新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、社会情勢が大きく変化し、実情を踏まえ、改めて作成されたのが、「DXレポート2」である。  

DXの現状

コロナ禍により、企業は「感染拡大を防ぎ顧客・従業員の生命を守りながら、いかに事業を継続するか」という対応を否応なしに求められることとなった。感染拡大防止のため、出社が制限され、対面会議や紙を用いた事務処理等の業務プロセスが滞ることになった。同時にテレワーク制度の導入、PCの追加購入・支給、ネットワークインフラの増強等について至急の対応を迫られた。この中でテレワークを阻害する要因として、「同僚・取引先 とのコミュニケーションに支障がある」「書類・伝票類(紙)を取り扱う業務(捺印、決済、 発送、受領等)をテレワークの対象とできずに不便」「勤務先の事情で、リモートアクセスできないITシステムがあるため不便」といった問題が表出した。こうした事態に至ってはじめて、各企業は自社のデジタル化が遅れていることを現実の課題として実感したと考えられる。
テレワークをはじめとした社内のITインフラや就業に関するルールを迅速に変更し変化に対応できた企業と、対応できなかった企業でDXの進捗に差が開いている。押 印、客先常駐、対面販売等、これまでは疑問を持たなかった企業文化に対して、変革に踏み込むことができたかどうかが、その分かれ目となっている。
このことは危機下においては経営トップの判断と指示が社内全体に対して大きな行動変容を可能にした。言い換えれば、経営トップの判断は、どんな時であっても大きな変革を短期間に達成できることが再確認されたと言える。そして、コロナ禍という危機を好機と捉え、経営トップのコミットメントの下で速やかにDXに取り組む契機とすることも可能であることが明らかになった。
コロナ禍が事業環境の変化の典型であると考えると、DXの本質とは、単にレガシーなシステムの刷新、高度化にとどまるのではなく、事業環境の変化へ迅速に適応する能力を身につけると同時に、その中で企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)することであると言える。
今回、コロナ禍に迅速かつ柔軟に対応し、デジタル技術を最大限に活用してこの難局を乗り切った企業と、コロナ禍が収束することを願いつつビジネススタイルの一時的な変更にとどまり、既存のやり方に固執する企業との差は、今後さらに拡大していく可能性が高い。
コロナ禍による社会活動の変化に、人々は新たな価値の重要性に気付き、コロナ禍において新しいサービスを大いに利用し、順応している。そのような人々の動きや社会活動はもはやコロナ禍以前の状態には戻らないことを前提とすれば、人々の固定観念が変化した今こそ企業文化を変革する絶好の機会である。
ビジネスにおける価値創出の中心は急速にデジタル空間へ 移行しており、今すぐ企業文化を刷新しビジネスを変革できない企業は、デジタル競争の敗者としての道を歩むことになるであろう。そして、デジタル技術によるサービスを提供するベンダー企業も、受託開発型の既存のビジネスモデルではこのような変革に対応できないことを認識すべきである。

例えば、テレワークはデジタル化への取り組みの一つでしかない。DXは、業務プロセス、顧客や取引先とのやりとり、商品・サービスなど、ビジネスモデルをデジタルに適応させるとともに、それらを支える組織、人材、制度、文化・風土など企業を丸ごと変革する取り組みであることを、理解する必要がある。図の「DXレポート2 サマリー」は経済産業省『デジタルトランスフォーメーション DX レポート2 中間取りまとめ』に掲載されたものである。

経済産業省『デジタルトランスフォーメーション DX レポート2 中間取りまとめ』

コロナ サバイバー

コロナ禍において、人と人との接触を極力減らし、遠隔・非対面での社会活動が強く推奨される中で、従来と同様の生活水準を維持する必要に迫られ、デジタルサービスの浸透は一層加速している。これまでデジタル技術が適用できるとは考えられていなかった領域においてもデジタル化が進んだほか、デジタル技術をあまり活用してこなかった層もデジタルサービスを利用するようになった。
デジタル志向の顧客が増加しているなか、その変化に企業も対応することが必須である。逆に、今このタイミングでビジネスを変革することができない企業は、デジタル競争を勝ち抜くことができず、仮にコロナ禍を乗り切ることができたとしても、ポストコロナの社会で競争力を維持することはできなくなってしまうだろう。
現在のビジネスモデルを継続しながら新しいビジネスモデルを開拓するということは、現行のITシステムを是とした検討にとどまることを意味する。従って、周囲の環境が変わっているにもかかわらず、抜本的な変革の実現には及ばないのである。
DX時代はボーダーレスだ。海外との競合も当たり前であり、生き残るためには新しいビジネスモデルやサービスの創出が必要となる。
まず、短期間で実現できる課題を明らかにし、ツール導入等によって解決できる足元の課題には即座に取り組み、DXのスタートラインに立つことが求められる。その上で、競争優位の獲得という戦略的ゴールに向かって繰り返し変革のアプローチ(アジャイル開発)を続けることこそがDXであると考えるべきである。

アジャイル開発

現在主流になっている、システムやソフトウェアのプロジェクト開発手法のひとつ。大きな単位でシステムを区切るのではなく、小単位で『計画→設計→実装→テスト』など開発工程のサイクルで繰り返すのが特徴。優先度の高い要件から順に開発を進め、開発した各機能の集合体として大きなシステムを形成する。
アジャイルは「素早い」という意味。サービスインまでの時間を短縮できることが名前の由来。

アジャイルソフトウェア開発 - Wikipedia

マイクロDX ファーストステップ

DXは取り組みであり、ゴールではない。DXのゴールは既存企業がデジタルエンタープライズになることである。デジタルエンタープライズは、デジタルプロダクトやデジタルサービスを顧客に提供する企業だ。従来製品や従来サービスを提供する企業がデジタル企業へと変身を遂げる手段(プロセス)がDXということになる。DXは、デジタルエンター プライズを実現する上で最適な取り組みなのである。
デジタルエンタープライズでは、ビジネス判断にデータを用いる。多種多様なデータのうちどのデータをどうやって収集し、どのように分析して活用するかを含めて戦略を立てる必要がある。そのため、ビジネスの判断を下す経営者もITの知識やビ ジョンを持っていなくてはならない。DXを推進する関係者間での共通理解の形成や社内推進体制の整備といった事業変革の環境整備に取り組む必要がある。また、DXは個社だけで実現できるものではない。競合他社との協調領域の形成や変革を対等な立場で伴走できる企業とのパートナーシップの構築にも取り組む必要がある。さらに、これらの変革を遂行する人材の確保も必要となる。
しかし、企業が置かれた事業環境や顧客・社会の課題はさまざまである。更に、環境・課題は常に変化していく。そのため、具体的にどのようにすれば競争優位を獲得できるかということに、決められた解答はない。
コロナ禍において企業は感染拡大防止を図り、従業員・顧客の安全を守りながら事業継続を図っていく必要性に迫られている。前述したように、短期間で実現できる課題を明らかにし、ツール導入等によって解決できる足元の課題に取り組む必要がある。渋沢栄一翁の「蟹穴主義」でいうところの身の丈に合ったマイクロDXだ。
ファーストステップとして今すぐにでも取り組むべきアクションは4つだ。

1. 業務環境のオンライン化

業務をオンラインで実施できるITインフラの導入。社外を含めた多様な人材とのコラボレーションのためのインフラともなる。

  • テレワークシステムによる執務環 境のリモートワーク対応
  • オンライン会議システムによる社 内外とのコミュニケーションの オンライン化

2. 業務プロセスのデジタル化

各個別業務がオンラインで実施できるよう、業務に必要な情報の電子化や、業務を支援する製品・サービスの導入。これらは業務プロセスの再設計を行う際のツールともなる。

  • 紙書類の電子化
  • クラウドストレージを用いたペーパレス化
  • 営業活動のデジタル化
  • 各種SaaSを用いた業務のデジタル化
  • RPAを用いた定型業務の自動化
  • オンラインバンキングツールの導入

SaaS(Software as a Service)

ベンダーが提供するクラウドサーバーにあるソフトウェアを、インターネット経由してユーザーが利用できるサービスのこと。インターネット環境があればどこからでもアクセスできる。

SaaS - Wikipedia

RPA(Robotic Process Automation)

PCなどを用いて行っている一連の作業を自動化できる「ソフトウェアロボット」のことである。

ロボティック・プロセス・オートメーション - Wikipedia

3. 従業員の安全・健康管理のデジタル化

従業員の安全・健康管理を遠隔で実施できるよう、製品・サービスを導入。これらは業務プロセスの再設計を行う際のツールともなる。

  • 活動量計等を用いた現場作業員の安全・健康管理
  • 人流の可視化による安心・安全かつ効率的な労働環境の整備
  • パルス調査ツールを用いた従業員 の不調・異常の早期発見

4. 顧客接点のデジタル化

顧客に対して自社の製品・サービスの「デジタルの入口」を提供することは、実店舗等による対面での対応の代替となるだけでなく、実店舗では実現できない遠隔地の顧客への接点や、データを活用した製品・サービスへのフィードバック等、さまざまな変革の起点となる。

  • 電子商取引プラットフォームによるECサイトの開設
  • チャットボット等による電話応対業務の自動化・オンライン化

ファーストステップには、アジャイルマインド(俊敏に適応し続ける精神)や、失敗を恐れない・失敗を減点としないマインドを大切にする雰囲気づくりが求められる。

彦根商工会議所の支援

デジタルを用いたビジネス変革には、経営層の課題をデータとデジタル技術を活用していかに解決していくかという視点と、デジタルを活用することで可能となるまったく新たなビジネスを模索するという2つの視点がある。
マイクロDXの推進にあたって、DXとはどういうもので、自社のビジネスにどのように役に立つのか、どのような進め方があるのか等について最低限の共通理解がなければ議論を進めることができない。DXを推進する関係者の間で基礎的な共通理解を初めに形成することが必要である。
当所では、DXに取り組む事業所を支援するための相談業務や関係者間での協働を促し、専門家を派遣する会員サービスを実施する予定をしている。